青山博一チャンネル〜Go! Go! Hiroshi〜

Go! Hiroshi282011/07/27

アメリカ
ラグナセカ・レースウェイ

ラグナセカ・レースウェイとは

サンフランシスコ南東、モントレーの丘陵地にあるサーキット。高速コーナーを短いストレートでつないだアップダウンの激しいコースで、上り高速ストレートの頂上から急降下するS字コーナー「コークスクリュー」は、“世界的に最も有名なコーナー”のひとつ。MotoGPクラスのみが開催されるため、昨年ケガで欠場した青山にとっては、初走行のサーキットとなります。

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ジンクス・儀式・験担ぎなのだの巻

げん【験】:
縁起。前兆。「-がよい」
ジンクス【jinx】:
縁起の悪いもの。また、広く、因縁があるように思われる事柄。「-を破る」

『広辞苑』より

「今回は、験担ぎやジンクス、について話をしましょう。世間でよく言う“勝負パンツ”のようなものを、実は僕も持っているんですよ。それほど極端にこだわっているわけでもないのですが、予選や決勝の前で『ここが勝負だ』という大事なときは、ほぼ必ず赤いパンツをはいて気持ちを高めますね。逆に気持ちを落ち着かせようという場合には、水色や緑色をはくようにしています。これはウイークの流れ次第で、調子がいいときは赤をはくことが多いし、流れがうまくいっていないときは、自分を落ち着かせるという意味でもあえて水色や緑でいきます。流れがよくないときほど焦ってしまうとかえっていい結果にならないので、そんな考えを形にしていくと、自分の気持ちをセーブしたり落ち着かせたりする効果がきっとあるような気がするんですよ。だから、こういった勝負パンツやセーフティパンツ(笑)は、そういう選択をすることで自分自身の気持ちをコントロールする効果もあるような気がするんですよね。

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あともうひとつ心がけているのは、バイクにまたがるときはいつも左側から乗るようにしています。これにもちゃんと理由があって、かつて『武士は左から馬に乗ると落馬しない』という言い伝えがあったそうなんです。左馬(ひだりうま)というそうなのですが、それを知ってから、僕も左側から常にバイクに乗るように心がけています。

あともうひとつは、これは験担ぎやジンクスとは少し違うけれども、毎朝乗る前には必ずバイクに塩をまいて清める、ということをやっています。両親がそういうことをとても大事にする考え方なので、ポケバイの頃からやっていますね。自分の道具は大事に扱う、その道具を大切にするという意味を込めて塩をまいて清める、という行為は、僕にしてみれば子どもの頃からやっている自然なことなのですが、ヨーロッパで初めてこれを目の当たりにする人たちにとっては、けっこう珍しく不思議な行為に見えるようですね。最初の頃は質問してくるジャーナリストの方々もいましたが、今ではみんなに知られるようになったのか、もうあまりたずねられることもないですね。

日本人には自然な行為でも、どうやらヨーロッパの人たちには、塩をまく=清める、という意味をなかなか理解できないようです。外国人に説明するときにわかりやすいだろうと思って、『スモウレスリングと一緒だ』と説明するんですけど、でもひょっとしたら、取り組みの前に力士の人たちがまいているのが塩だとわかっている人は少ないかもしれないですね。

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僕以外の選手では、(小山)知良君の場合は、走行前に御神酒をバイクに振りかけるようです。清めるという意味では、塩と同じことですね。

こういう儀式や験担ぎ、ジンクスを気にすることというのは、自己暗示、というと大げさかもしれないけれど、気持ちを落ち着かせる効果があると思うんですよ。特にモータースポーツは道具を使う競技じゃないですか。テニスの場合なら、選手がラケットという道具を振ってボールをはね返す。モータースポーツは自分がバイクの上に乗って、バイクが加速や減速などの動力を発生させて、それを自分がコントロールする。アクセルをひねる行為だけなら、小さな子どもにだってできる行為です。人間が与える動作に対してバイクの反応してくれる動作や作用の大きさはものすごく大きい。だから、ちょっとしたことでタイヤが滑ってしまったり、あるいは転倒につながることもある。そんな結果になるかどうかというのは、ごく些細なことが分かれ目になる場合が多いんですよ。そして、その些細なこと、というのは気持ちからくる場合が往々にしてある、と思うんですね。もちろんどんなスポーツだって精神的な部分は非常に大切だけれども、モータースポーツの場合は、特にバイクの作用する部分が大きいだけに、だからこそ、その道具とどう向き合うかという姿勢が大事になるのだと僕は考えています。

こういった験担ぎやジンクス、儀式といった行為はなにも日本人独特のものではなくて、文化や宗教でそれぞれ形は異なるものの、いろんな方法や考え方があるみたいですね。

これは以前に(中野)真矢さんに聞いた話なんですが、セバスチャン・ポルト選手(1990年代から2006年まで、250ccクラスで活躍した選手)は、走る前にロウソクを立てて、本当の儀式を執り行うそうなんですよ。そういう話を聞くと、いろんなやりかたがあるんだなあ……と感心します。真矢さんが何かのときにドアを開けると、ポルト選手がロウソクを立てて、人形を置いて、という儀式の真っ最中だったそうです。『あ、まずい……』みたいな(笑)。人によっては本当に神聖な行為だったりするから、そりゃ慌てますよね。

ポケバイを始めた頃から数えると、僕はレースを始めてもう25年になります。験担ぎやジンクスを増やしていくときりがないので、僕は左からバイクに乗るのと塩をまくのと勝負パンツ(笑)程度で、他人のジンクスや験担ぎを聞いても特に気にならないし、しようとも思わないですね。グローブとブーツをつけ外しする順番にこだわる人もいるようですが、僕はあまり気にしていません。考えてみれば、いつも右からですけれども、それは特に大きな意味があるわけではなくて、何も考えずにやっている、ただの習慣です。験担ぎやジンクスは、背景になる文化や信仰の違いなどでいろいろなものがあって選手ごとにさまざまだから、そう考えてみると面白いですね」

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前半戦を締めくくる第10戦の舞台ラグナセカ・レースウェイは、シーズン中で唯一、MotoGPクラスしか行われないため、昨年、負傷欠場をした青山は今回が初走行となった。高低差が激しくハードブレーキングを要求されるコース特性に加えて、バンピーな路面がライダーの体力を激しく消耗させる。第7戦オランダGPで負傷した背中が癒えない青山にとって厳しい条件がそろってしまった格好だが、そんなコースだからこそ、青山はいつもと変わらない験担ぎと儀式をたんたんと行い、決勝レースを無事に走りきって10位でチェッカーを受けた。

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いつもどおりの自分でいること、の大切さを感じさせた一戦だった。

プロフィール

青山博一
Hiroshi Aoyama

5歳からポケバイに乗り始め、15歳でミニバイク関東選手権を制覇。2000年から全日本選手権250ccクラスに参戦して、03年に全日本タイトルを獲得しました。翌04年からHondaのライダー育成制度「Honda Racingスカラーシップ」の第1期生として世界選手権250ccクラスにフル参戦を開始。昨年、日本人として8年ぶりとなる250cc世界チャンピオンに輝きました。2010年は世界最高峰レースMotoGPにステップアップして、次なる頂点を目指して戦っています。