インディカー百科事典

世代交代の予感

【連載 第2回・完結編/2010.08.18】 特別寄稿 天野雅彦

ランキング争いは09年チャンピオンと新エースが火花を散らしている

それぞれの得手不得手を抱え、新旧交代劇は佳境へ差しかかる

ランキングを独走するウィル・パワー。オーバルレースでも表彰台に登壇しなければ初めてのチャンピオン獲得は難しい。
終盤のオーバル4連戦に賭ける09年チャンピオンのダリオ・フランキッティ。連続チャンピオンシップ制覇なるか。
ここにきて開花したライアン・ハンターレイ。名実あるチームを引張るエースに昇進した。もう1勝したいところだ。
ルーキーながら随所で輝きを放つシモーナ・デ・シルベストロ。次の目標はトップ5フィニッシュを果たすことだ。

 2010年のIRLインディカー・シリーズは終盤戦に入り、残されたレースは5戦だけとなった。第12戦ミッドオハイオではダリオ・フランキッティ(チップ・ガナッシ・レーシング)が優勝した。第6戦インディ500に続く今シーズン2度目の勝利だ。

 このレースでポイント・リーダーのウィル・パワー(チーム・ペンスキー)は2位フィニッシュを果たし、今年から制定されたロード部門チャンピオンの栄冠獲得を決めた。それほどパワーのロード&ストリートコースにおけるパフォーマンスは突出していて、今年のこれまでの8レースでの成績は優勝4回、2位2回、3位1回、4位1回。唯一表彰台を逃したのは第3戦アラバマであり、チームの作戦が的確であれば、開幕3連勝を遂げていたはずだった。

 ライバル勢を突き放す4勝目をマークしたパワーは、シリーズの総合チャンピオンに初めて輝く可能性も高まってきた。ロードコースでの1戦、オーバルレースの4戦を残し、彼はポイント・スタンディングで2位のフランキッティに41点の差をつけているのだ。

 カリフォルニア州ソノマのロードコースで行なわれる第13戦インフィニオンでもパワーは速いだろう。今季5勝目を飾り、ポイント差を広げることも十分に考えられる。ただしパワーにとっての課題は、最後のオーバル4連戦だ。シーズン前半のオーバル4連戦を振り返ると、第5戦カンザスが12 位、第6戦インディ500が8位、第7戦テキサスが14位、第8戦アイオワが5位とトップ3入りがゼロ。この点が改善されなければタイトル獲得は危うい。

 一方でランキング2位につけているフランキッティは、同じ4連戦で148点を稼いでいる。対するパワーの獲得ポイントは102点。現在のポイント差は41点なので、両者が序盤のオーバル4戦と同じパフォーマンスだった場合、フランキッティが逆転タイトルを手に入れるという計算が成り立つのだ。

 第13戦インフィニオンでの戦いは極めて重要だ。果たしてふたりのポイント差は広がるのか、狭まるのか。もしフランキッティが差を縮めることに成功したら、パワーには残る4戦で大きなプレッシャーがのしかかって行くだろう。

 

トップ2に割り込むのは誰だ

 

 第11戦エドモントンで今シーズン2勝目を挙げてランキング3位につけているスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)にも逆転タイトルの可能性はある。彼はオーバル部門チャンピオンシップのトップにつける151点をマークしてもいる。しかし、シリーズ・ポイントではパワーに82点もの差をつけられており、今年のタイトル獲得はかなり難しくなっている。ディクソンを含めての三つ巴のチャンピオン争いになるためには、ランキング1、2位につけるふたりに揃って大きな不運が襲いかからなければならない。

 いずれにせよ、チャンピオン争いはオーバル4連戦に突入してから、より激しく戦われることになる。逃げるパワーはチャンピオンになったことがないが、追いかけるチップ・ガナッシ・レーシングのふたりは、どちらも過去にタイトルを2回獲得している。最終戦ひとつ前の第16戦インディ・ジャパンは、2010年のチャンピオン争いでとても重要な戦いとなる。今年のチャンピオンがツインリンクもてぎで決定する可能性もないわけではない。

 このようにチャンピオン候補は2〜3人に絞られた感があるが、優勝候補はトップ2チームのドライバー5人だけではない。タイトルを争う面々が慎重な戦いぶりを求められるケースは、他のドライバーたちにとってみれば大きなチャンスとなる。

 シーズン終盤にウィナーとなることが期待される筆頭は、アンドレッティ・オートスポーツの4人のドライバーたちだ。彼らは今シーズンすでに2勝を挙げている。前年に1勝もできなかったチームが復活したのは、新加入のライアン・ハンターレイの奮闘によるところが大きい。開幕戦サンパウロで優勝争いを演じたのを皮切りに、第4戦ロングビーチで優勝。これでチームは活気づき、トニー・カナーンが第8戦アイオワで勝った。ハンターレイは第10戦トロントで今年3度目の表彰台登壇を達成。まだマルコ・アンドレッティとダニカ・パトリックのふたりに勝ち星がないが、彼らにこそ最後のオーバル4連戦は注目したい。インディ 500とテキサスで上位を走ったことが証明する通り、彼らが速いのはオーバルなのだ。タイトル獲得の目がないことが、逆に大胆な作戦の採用へと繋がり、勝利を呼び込むことも考えられる。

 キャリア初勝利の可能性を最も強く秘めているドライバーとして、ミッドオハイオの予選で3番手となった佐藤琢磨(KVレーシング・テクノロジー)も挙げられる。決勝ではスタート直後に2位を走ったが、1回目のピットストップで大幅に遅れを取った後にアクシデントを起こし、リタイアを喫した。しかしインディカーというマシン、二種類のタイヤ使用などにも慣れてきた元F1ドライバーは、インフィニオンでもう一度優勝争いに絡んでいくことが期待されている。デビュー以来光るところを幾度となく見せていながら、それに見合った結果を記録できていない佐藤。今年最後のロードレースで表彰台に上ることはできるのか? インフィニオン・レースウェイでの戦いはおおいに注目したい。

 佐藤に関しては、最後のオーバル4連戦での戦いぶりも楽しみだ。すでにシーズン序盤の戦いで、オーバルを走るのが初めてとは思えない目覚しい走りを見せていた。第14戦シカゴランドと第15戦ケンタッキーは、彼が初オーバルながら6位を走った第5戦カンザスに似ているので、同じように上位で戦うことが期待できる。その後、佐藤にとってインディカーでの初の凱旋レースとなるインディ・ジャパンが続くが、こちらはターン3〜4がタイト・ターンになっている非対称オーバルで、ドライバーのマシン・コントロール能力が重要。佐藤のキャラクターに合ったコースといえる。オーバルへの習熟度をさらに高めて乗り込む佐藤は、ツインリンクもてぎで日本のファンをエキサイトさせる走りを見せてくれるに違いない。

 武藤英紀(ニューマン・ハース・レーシング)はシーズン中盤が苦戦の連続だったが、終盤戦は目差す戦いが実現できそうだ。第10戦トロントからグラハム・レイホールというチームメイトができた。待ち望んでいた2カー体制が整ったのだ。これで各サーキットで得られる走行データは倍に増える。長い時間がかかったが、武藤はライバルたちと戦える体制をようやく手に入れた。

 シーズンを締めくくるオーバル4連戦のスタートとなるシカゴランドは、武藤が07年のデビュー戦で6位に入賞したコース。シカゴを拠点としている武藤にとってはホーム・レースでもある。ニューマン・ハース・レーシングもシカゴが地元だ。今年のカンザスの予選で4番手に食い込んだ通り、1.5マイル・オーバルにおけるニューマン・ハース・レーシングのマシンは速いはずなのだ。シカゴランドと、その次のケンタッキーで武藤は2カー体制をプラスに作用させ、シーズン序盤と変わらぬ好パフォーマンスを見せることと望まれる。

 ドレイヤー&レインボールド・レーシングは序盤戦の勢いを失ってしまったが、HVMレーシングはルーキー起用での1カー体制で大健闘をしている。スイス出身の女性ドライバーであるシモーナ・デ・シルベストロは、ロードコースでのパフォーマンスが素晴らしい。インディカー・デビューだった開幕戦サンパウロで予選11番手に食い込んだ彼女は、トロントでは今年初めて予選の第一ステージのクリアに失敗しながらも、レースではトップ10入りを果たす9位フィニッシュ。エドモントンでは予選7番手からトップ5入賞も期待できる走りを披露したが、マシン・トラブルによるリタイア。そしてミッドオハイオでは自己ベストとなる8位でのゴールを実現した。これだけのスピードがあれば、オーバルで好成績を挙げるのも時間の問題だろう。次のインフィニオンでのロードレース最終戦、そして、シーズン終盤のオーバル4戦での彼女の成長ぶりに注目したい。

〜終〜

 

◆筆者プロフィール

天野雅彦(あまの・まさひこ)

1990年からアメリカン・モータースポーツ界への取材を開始し、日本人ジャーナリストとしては草分け的存在である。IRLインディカー・シリーズを全戦取材し『週刊オートスポーツ』や『東京中日スポーツ』などに寄稿している。比類ない知識の厚さと情報の速さは、長年の取材経験のたまものである。