インディカー百科事典

日本人ドライバー優勝の夢

【連載 第3回・完結編/2010.09.13】 特別寄稿 天野雅彦

思い通りに進まないレース。しかし光明は見いだしている。

厳しいシーズンで鍛えられた彼らが、全力でインディ・ジャパンを戦う!

武藤は第15戦ケンタッキーで予選5番手につけた。好要素が増えてきている。
インディ・ジャパンでは武藤は2カー態勢になる。マシンのセットアップ向上が期待できる。
第15戦ケンタッキーでは思わぬスピンに見舞われた佐藤琢磨だが、それも貴重な経験となる。
得意のロードコースで好成績を出せなかったのが佐藤の悔やむところだ。
ロジャー安川がインディ・ジャパンに参戦を果たす。コンクエスト・レーシングのマシンを駆る。
第10〜15戦リザルト

 2010年のIRLインディカー・シリーズはいよいよ大詰めを迎えている。シーズンを締めくくるのはオーバル4連戦で、第14戦シカゴランド、第15戦ケンタッキーと2週連続でナイト・レースを行ない、いよいよツインリンクもてぎで第16戦インディ・ジャパンが開催される。そして最終戦マイアミは、今年もフロリダ州の南端、マイアミ郊外のホームステッド・マイアミ・スピードウェイが舞台となる。

 

不調の中にも手応えのあったシカゴランド

 

 例年シカゴランドのレースでは多くのマシンが接近したまま走り、優勝争いもクロース・フィニッシュとなることが多い。今年はスポット参戦もふくめて29台と多くのマシンが出場。なお、予選に時間がかかり過ぎてしまうことから、4周連続のアタックは2周へと減らされた。このルールは今シーズン終了まで施行される。

 武藤英紀(ニューマン・ハース・レーシング)の予選結果は8番手だった。今シーズンのオーバル5戦目で4回目の予選トップ10入りだ。しかし、予選での速さをレースで発揮できないことが続いている。集団走行でマシンのハンドリングが安定しないのだ。

 レースでは72周目には左フロント・タイヤがピット・アウト直後に外れた。最下位近くまで順位を落とした武藤だったが、ピット・ストップのたびにセッティングを調整して粘り強く走り続け、13位でゴールした。「去年感じていた手応えが戻ってきた」とレースを終えた武藤は笑顔を見せた。「結果は13位で喜べるものではないけれど、マシンのバランスがかなり良かった。残るオーバル3戦でも良い走りができそうだ」と目を輝かせたのだった。

 佐藤琢磨(KVレーシング・テクノロジー)もシカゴでは不運に見舞われた。予選10番手の好位置からスタートし、トップ5で戦うことが期待されていたが、ピット・アウト時にチームメイトのEJ・ヴィソに激突され、リタイアとなった。アクシデントの原因は、ヴィソのピットクルーが周りの安全確認をせずにマシンを送り出したところにあった。

 その直前まで、佐藤の走りは快調だった。レース序盤にスロー・パンクチャーが発生し、早目のピット・ストップを行なったものの、タイヤ交換を終えるとハイペースで走り続けていた。他車がグリーン・フラッグ下でのピット・ストップを終えた時には、佐藤はトップと同一周回の13位へとポジションを戻していた。

 佐藤は単独走行の不利にありながらも、速いペースを保っていたのだ。マシンの仕上がりが良く、コースやマシンのコンディションに合わせたドライビングを行なうこともできていた。「マシンはとても良く、あのまま走り続けていたらトップ争いができていたはず」と佐藤は悔しがった。ただしタイヤ・トラブルを乗り越えた彼の戦いぶりは、オーバル・レーサーとして一段ステップ・アップしたものとなっていた。

 

予想外の寒気が引き起こしたアクシデント

 

 第15戦の行なわれたケンタッキー・スピードウェイは、シリーズの中では比較的新しいオーバル・コースで、路面のバンピーさがひとつの特徴となっている。コースを熟知し、走行ラインを的確にたどって戦うことが必要なオーバルでのレースは、集団走行にはなりにくく、1列に並んで走り、相手の隙を狙うバトルになる。

 武藤はケンタッキーで予選5番手と好位置につけた。決勝レースは寒気が流れ込んだために涼しいコンディションとなり、武藤のマシンは深刻なリヤのグリップ不足に見舞われ、17位でのゴールとなった。それでもポジティブな要素はあり、「今回もレース中にハンドリングを良くできた。1周遅れぐらいではすまないと考えていたけれど、レースでのマシンはまずまず良かった」と武藤。若手エンジニアとのコンビも息が合ってきており、チームもようやく武藤のフィードバックの確実さを認め、マシン・セッティングの味付けでも意見が通るようになってきた。「インディ・ジャパンを前に、少し上向きにできました」と凱旋レースを前にして語っている。

 

 その一方で佐藤は、シカゴ以上の不運に襲われた。ケンタッキーでは1周もせずにリタイアとなったのだ。スタート直後、ターン3とターン4の間でリヤが突然グリップを失ってスピン! 激しいクラッシュでレースを終えた。「唐突にリヤがスライドした。慎重に走っていたのにこんなことになるなんて」と衝撃を受けていた。

 幸いにも負傷は一切なく、ピットに戻るやエンジニアとデータをチェックし始めた。チーム・オーナーで元CARTシリーズ・チャンピオンのジミー・バッサーもそこに加わったが、走行データを見る限り、佐藤のマシンに何が起きたか完全に判明することはなかった。「リヤのダウンフォースが抜け、それが全部前に行った。エア・ポケットがあったのかもしれない」と佐藤は話していたが、明確な答えをその場で出すことはできなかった。

 ケンタッキーはナイト・レースだったことに加え、通常のスタート時刻よりかなり遅い9時前のスタートだった。またシカゴランドまでは酷暑の中でのレースが続いていたが、ケンタッキーでは週末になって突然寒気が入り込み、涼しい中でのレースとなった。スタートの時点で空は完全に暗くなっており、路面はすっかり冷えていた。当然ながらタイヤの温度も低く、スタート直後では空気圧が低いままで、フルにタイヤ性能を発揮するレベルに達していなかった。さらにケンタッキーのターン3は、ターン1や2と比べてグリップが低いとも言われているため、佐藤は慎重に、安全に1周目を走っていた。前車との間隔をあえて空け、自分のマシンが十分なダウンフォースを得られる状態を保ってコーナリングしていたのだ。それでもアクシデントは起きてしまった。

 ここにオーバル・レースの難しさがある。佐藤はエンジニアリングやメカニズムを深く理解しているドライバーで、マシンの動きを感知する能力も高い。だからこそオーバルへの順応も驚くべき短期間で実現してきたのだ。しかしケンタッキーは、彼にとってまだ6戦目でしかなかった。まだまだ未知の世界が残されているということだ。

 佐藤としては、グリップの低いコンディションに対して十分な警戒を払っていた。オーバル・レースの奥の深さを見くびったりはしていない。ところが、そんな彼が想定していた以上に実際のグリップが低かったということも十分に考えられる。前車とのラインを若干変え、アウト側に自分のフロント・ウィングを出して空気を当てていた佐藤だったが、前方を走るドライバーのちょっとした動きや、コースへと吹きつけていた風が、佐藤のマシンへと当たる空気の流れを急激に変え、前後のグリップ・バランスを狂わせたのかもしれない。

 

いよいよ凱旋レース開催! 戦力を増して全開の戦いに

 

 武藤英紀と佐藤琢磨、ふたりの日本人ドライバーたちは、インディ・ジャパン直前のレースで勢いを獲得したいと考えていたが、思いどおりの好結果を残すことはできなかった。しかし、佐藤のオーバルでの速さはすでに証明されており、もう結果を残すだけというところに来ている。彼が所属するKVレーシング・テクノロジーは、去年のインディ・ジャパンでマリオ・モラエスが予選2番手、決勝5位と好成績を残している。マシンのベース・セッティングは良いものを持っていると考えられ、佐藤にはオーバルでの予選の自己ベストである第8戦アイオワでの7番手を上回ることが期待できる。そしてレースでは、彼の持ち味であるアグレッシブさで、トップ・グループでのバトルを戦って欲しいところだ。

 武藤は、シカゴランドとケンタッキーの2戦でマシン・セッティングを大きく向上させるヒントを掴んだ。予選での速さを保ちながら、決勝用のマシンもスピードのあるものにする。そんなマシン作りが行なえそうだ。またインディ・ジャパンではグラハム・レイホールがチームメイトとして走るため、セッティング作業の分担が可能となり、データ量が2倍に増えることで、マシンをさらに良くできる態勢となる。マシンさえ思い通りの仕上がりとなれば、武藤は第4戦カンザスのようにトップ・グループで堂々と戦えるだけの力を持っている。

 そして最後に、コンクエスト・レーシングからロジャー安川のスポット参戦が発表された。このチームはケンタッキーの予選でバゲットが6番手、トーマス・シェクターが10番手の好位置につけた。レースでもバゲットは安定した走りを最後まで続けて10位でゴールしている。安川にとってレースは昨年のインディ・ジャパン以来となるが、コンクエスト・レーシングのマシンは高い戦闘力を備えていることが期待ができ、すんなりとハイスピードでの戦いに入って行くことができそうだ。

 母国ニッポンのファンからの声援を受ける彼らは、必ずや今シーズンのこれまでに見せてきた以上の力をツインリンクもてぎで発揮してくれるだろう。今シーズンはまだ実現されていない表彰台に上るトップ3でのフィニッシュ、さらには、日本人ドライバー初のインディカー・シリーズでの優勝、オーバル・レースでの栄冠獲得が、彼らが掲げる目標である。

〜終〜

 

◆筆者プロフィール

天野雅彦(あまの・まさひこ)

1990年からアメリカン・モータースポーツ界への取材を開始し、日本人ジャーナリストとしては草分け的存在である。IRLインディカー・シリーズを全戦取材し『週刊オートスポーツ』や『東京中日スポーツ』などに寄稿している。比類ない知識の厚さと情報の速さは、長年の取材経験のたまものである。