遂にインディカー初の日本人ウィナーが誕生するか?
レースを読み解き、展開を予想する連載シリーズがスタート!
武藤英紀はIRLインディカー・シリーズ参戦3年目を迎え、元F1ドライバーの佐藤琢磨は今年からインディカーへの挑戦を開始した。開幕から5戦、彼らは予想以上の苦戦を強いられている。武藤は第4戦ロングビーチでの13位、佐藤も同レースでの18位がベスト・フィニッシュだ。
武藤は08年にアンドレッティ・グリーン・レーシングからフル参戦デビューし、2シーズンをビッグ・チームで戦ったが、今年からは名門ニューマン・ハース・レーシングへと移籍している。武藤は「ニューマン・ハースはロードコースでの速さが魅力で、09年はオーバルでもスピードを獲得していた」と移籍の理由を語っている。開幕から4戦続いたロードレースで武藤は光る走りを見せていたが、結果がついて来なかった。しかし「移籍は正しい判断だったと感じています。1カー体制での参戦になったのは想定外でしたが、今は1台であることにも不満はないです」とチームの好感触に表情は明るい。
今シーズンのオーバル初戦となった第5戦カンザスで、武藤は予選で4番手に食い込んだ。レースでもトップ5入りは確実で、トップ3さえ狙えるポジションにつけていたが、ゴールまで20周を切ってのリスタートで佐藤と接触し、リタイアとなった。それでも武藤は「オーバルでのマシンは予想外というぐらいに良い。予選でのスピードがあって、レースに関しては自分の意見も受け入れてもらって、それが良い方向に出ています」と振り返っている。
一方インディカー・ルーキーの佐藤にとって、開幕から4戦がロードコースだったのはプラス要因と見られていた。オーバルの経験はゼロだが、F1を戦って来た彼にとってロードレースは慣れ親しんだものだからだ。
開幕戦サンパウロで、佐藤は予選でQ2に進んで10番手と、不慣れなマシンとしては高く評価されるべきパフォーマンスを見せたが、レースではスタート直後にクラッシュしリタイアを喫した。第2戦セント・ピーターズバーグでも予選11番手とまずまずの出足を見せ、第3戦アラバマでは、予選ファイナル・ステージのファイアストン・ファスト6に進んで6番グリッドを獲得した。
トップ6の記者会見に初めて参加した佐藤は、エリオ・カストロネベス(チーム・ペンスキー)に笑顔で迎えられた。開幕戦から予選で見せてきたスピードを多くのドライバーたちは高く評価している。レースではトップ・コンテンダーたちとバトルを繰り広げたが、アクセルケーブルのトラブルにより25位フィニッシュとなった。
ロングビーチでの第4戦はマシン・セットアップが決まらず消化不良のままレースを終えたが、初めて体験するオーバル・レース、第5戦カンザスで佐藤は予選11番手につける好走だった。さらにレースでは目覚しい活躍を見せた。オーバーテイクのノウハウを体の中に築き上げ、6位にまでポジションを上げたのだ。しかし残り20周を切ってからのリスタートで前方を行く武藤と接触。結果を残すことはできなかった。F1で戦った実績を持つドライバーにとっても、インディカー・シリーズの上位でコンスタントに戦うことは容易ではないのだ。
痛恨のクラッシュは避けられなかったのか
カンザスで発生した武藤と佐藤のアクシデントは、リスタートに向けてターン3からピット前ストレートへと出るところで3ワイド(3台並走)になった後に発生した。グリーン・フラッグとともに加速した武藤のイン側には、周回遅れのシモーナ・デ・シルベストロ(HVMレーシング)がいた。武藤は彼女との接触を避けようとラインを上げた。その時、武藤のアウト側に佐藤が並びかけようとしていた。リスタートのダッシュが良かった佐藤は、大外からのオーバーテイクを仕掛け、さらに上位へと進出する狙いだったが、武藤のマシンと接触。日本人ドライバーふたりが絡むアクシデントとなった。
カンザスのクラッシュでは避けられなかったのか。周回遅れのデ・シルベストロは、周回遅れなりに誰かとの順位争いを激しく行なっていた。彼女ひとりを責めるべき問題ではない。上位争いに気配りをすべきではあったが、彼女もまたオーバル経験ゼロのルーキーなのだ。
佐藤にも責めを負うべき面はある。3ワイドの状況が生まれてアクシデントへと至った場合、2台のバトルにジョイントして三つ巴の戦いへと変えたドライバーがアクシデントの原因を作ったと考えられる。それがインディカーの世界でのセオリーなのだ。佐藤は好スタートを切って武藤の背後に迫った。そしてアウトからパスする道を選んだが、デ・シルベストロと武藤が揃ってラインを上げて来て、佐藤の進路を塞ぐ形となった。
佐藤はレースを通して、オーバルでのオーバーテイク法を見る間にマスターしていった。その能力の高さには目を見張るものがあったが、リスタートに関しては、佐藤はまだ完全なるオーバル・ファイターになれていない。そんな彼にとって、この経験は大きな糧となっただろう。
期待高まるインディ500
武藤は自身3回目の挑戦となるインディアナポリス500マイル・レース、通称インディ500の予選で9番手を得た。今年からの新ルールで、予選初日の予選第1セグメント(Q1)で決定したトップ9が第2セグメント(Q2)へ進み、ポールポジション争いをすることとなった。
まずはトップ9に入る。それがドライバーたちの目標となった。それが簡単に達成できる目標でないことは誰の目にも明らかだった。今年のインディ500にチーム・ペンスキーとチップ・ガナッシ・レーシングはそれぞれ3台、アンドレッティ・オートスポートは5台をエントリーしている。有力チームだけで11台だ。そんな中で武藤は7番手でQ2に進んだ。インディでの優勝経験を持つダン・ウェルドンや、スポット参戦だが実力は誰もが認めるポール・トレイシーといった面々がQ2進出を果たせなかったほど、今年のインディ500は競争が激しくなっている。そうした厳しい条件下で武藤は7番手を獲得したのだ。
武藤は予選前日に「今の自分は7番手ぐらいですよね。Q1では多分トップ9に入れると思います。そうできた時には思い切り(ポールを)狙って行きますよ」と話していた。武藤とニューマン・ハース・レーシングの状況分析は完璧だった。自分たちの予選結果を言い当てたのだ。自分たちの置かれた状況、ポジションを明確に把握していたということだ。
決勝ではチーム・ペンスキー、チップ・ガナッシ・レーシングのレギュラー5台がトップ争いを繰り広げるだろうが、武藤がそこへ加わっていくことが期待される。トップ9に食い込んだ予選用セッティングより、決勝用セッティングにより大きな自信を持っているのだ。
インディ500発参戦となる佐藤は、予選直前まで極めて順調にプログラムを進めていた。ルーキーである佐藤は、超高速のインディアナポリスでの走りに一歩ずつ、しかし素早く習熟していき、順応能力、吸収能力の高さを示していた。予選前日には数回の予選シミュレーションを敢行し、気温の低い中でのデータは十分得られたと考え、周回数をセーブして走行を終えたほどだった。
そして予選初日。朝のプラクティスが始まった午前8時の時点で気温は摂氏20度程度と、まだ低めだった。ここで佐藤はアクシデントを起こした。ターン2への進入でバランスを崩し、スピンに陥ったマシンはリヤからコース外側の壁にヒット。このアクシデントは非常に大きなインパクトで、佐藤に怪我がなかったのは幸運だった。「いくつかのセッティング変更をトライしたんですが、そのうちのひとつが少々行き過ぎだったんでしょうね」とコメントしている。確かに、予選前日までに佐藤が記録していたスピードは、予選上位に食い込むには十分ではなかった。予選は4周の連続走行が計測されるが、自己ベストを4周並べてもトップ15に入れるかどうかは微妙だった。あと一歩のスピードの伸びが得られたら、余裕を持って予選に臨むことができる。そう考えてのセットアップ作業が、わずかに行き過ぎてしまったようだ。
予選2日目、佐藤は2回の予選アタックを行ない、2回目のアタックで31番グリッドを確定した。予選を通過できない可能性も心配されたが、最後の最後で勝負強さを見せ、決勝進出を決めた。最後列からのスタートとなるため、上位へと進出するには多くのラップを必要とすることだろう。「500マイル(約800キロ)もの長いレースは初めてです。まずは完走を目差して、より多くのことを経験して、できるだたくさん学びたい」と、佐藤は伝統あるイベントに敬意を払って臨むことを誓っていた。
〜第2回へ続く〜
◆筆者プロフィール
天野雅彦(あまの・まさひこ)
1990年からアメリカン・モータースポーツ界への取材を開始し、日本人ジャーナリストとしては草分け的存在である。IRLインディカー・シリーズを全戦取材し『週刊オートスポーツ』や『東京中日スポーツ』などに寄稿している。比類ない知識の厚さと情報の速さは、長年の取材経験のたまものである。