インディカー百科事典

オーバル・トラックのドライビング・テクニック

痛快無比の超高速レースは奥深いドラフテイング・テクニックの勝負だ

最後の最後まで接近戦が続くクロース・フィニッシュの面白さ

2009年第3戦カンザスにおける超高速接近戦。前を走るマシンが巻き起こす風を「タービュランス」と呼ぶ。前に1台いるときと2台いるとき、はたまた並んで2台いるときと、縦列で2台いるとき、それぞれの状況で発生するタービュランスはちがう。タービュランスは目に見えないので、経験によって学んでいかなければならないものだ。したがってベテラン・ドライバーほど、タービュランスを味方につけることができる。
2009年第15戦シカゴランドのフィニッシュはわずか0.0077秒の争いとなり、ブリスコーがディクソンから逃げ切った。
歴代クロース・フィニッシュTOP10

オーバル・トラックを超高速で走り続けるレース・スタイルは、アメリカン・モーターレーシングの伝統であり、アメリカのレースファンがこよなく愛するものだ。
ひとくちにオーバル・トラックと言っても、1周1.5マイルを境に、それより短い1マイル前後をショート・オーバルと呼び、1.5マイル以上はスーパースピードウェイと呼ぶように、コースの形状からターンの曲がり具合、バンクの角度など、いろいろな種類のコースがあり、それぞれが個性的である。したがって各チームは、それぞれのオーバル・トラックに合わせてマシンのセッティングを変更し、勝つための戦略をたてて、レース戦術を考えていく。そのことはロード・コースのレースと同じである。

そのようなオーバル・トラックのレースの醍醐味は、ドラフティングである。モータースポーツの世界では一般にスリップ・ストリームと呼ばれているものだ。前を走るマシンの後ろにぴたりとつくと、前走車が空気を切り裂いているために、空気抵抗が小さくなり、後ろのマシンはまるで吸い寄せられるように走行スピードが増す。それがドラフティングである。

ショート・オーバルでもレース平均速度が270km/hをこえるので、ドラフティングは重要である。ドラフティングを使って勢いを増せば、一気に前を走るマシンを追い抜くことができるし、空気抵抗が減るぶんだけ燃費が向上するので燃料がセーブできる。それはピットイン戦術の幅を広げるアドバンテージになる。

しかし、ドラフティングはいいことづくめではない。ドラフティングを利用しているマシンの空気抵抗が減るということは、それだけダウンフォースが減るということでもあるからだ。1台単独で走っている時より前輪が浮き気味になり、ハンドリングは鈍くなる。前輪が浮き気味になればタイヤは空転するので摩耗が進みもする。また、前を走るマシンの数や位置によってタービュランス(空気の流れの渦)が変化するので、後ろを走るマシンの挙動はさまざまに変化する。こうした目に見えない空気の流れは、レース経験を積んで学んでいくしかない。

ドラフティングやタービュランスはレースの駆け引きにも使われる。2台以上のマシンが超高速接近戦をしているとき、そこでは目に見えない凄まじい駆け引きが展開されているわけだ。2台以上が前後に連なると2台揃ってスピードが増すのがドラフティングのマジックだが、その2台がサイド・バイ・サイドに並んだ途端、両方のスピードが一気に落ちる。それぞれのマシンが乱す空気の流れがマシンに影響をおよぼすからだ。

この駆け引きはレースの最後まで続くことがしばしばある。フィニッシュの瞬間、複数のマシンが横並びになって勝負をかける。肉眼では判定できないような僅差の勝負だ。これをクロース・フィニッシュと呼び、インディカー・シリーズの名物となっている。