雪の降らない地域では実感できないかもしれませんが、除雪作業はかなりの重労働です。
軽いと言われる新雪でも、1立方メートル辺り約150kg、降り積もって固まると500kg以上にもなります。
降雪地域での暮らしではこの雪を毎日のように除雪しなければならないのです。
豪雪地帯では一日数回、雪が降り続けば早朝夜間でも除雪作業は欠かせません。
家庭用除雪機が浸透するまではスコップなどを使い人力で行う他なく、
毎日の作業は決して楽なものではありませんでした。
Hondaは「機械化により重労働を軽減すること」「技術で人を幸せにする」ために、
汎用エンジン(1953年)、耕うん機(1959年)、携帯発電機(1965年)、芝刈機(1978年)
などの製品を通じて人々の暮らしや仕事に貢献しました。
「除雪も機械化出来れば重労働から解放されるのではないか」
Hondaは家庭用の小型除雪機の開発を決定し、1978年、新しい挑戦が始まりました。
除雪機は降雪シーズンに活躍する機械なので稼働シーズンは短いですが、
冬季の厳しい環境下でも確実にエンジンが始動して作業出来ることは大前提です。
また機械が故障しても雪は待ってくれません。そのため信頼性や耐久性も重要です。
さらに、簡単に短期間で修理できる構造も求められます。
Hondaが目指した「簡単に扱える小型除雪機」への挑戦は苦労の連続でした。
コンピュータが普及していない時代、開発は実地で行いました。
日本の積雪地帯はもちろん、雪のないシーズンは雪を求め南半球へも足を運び、
雪の代わりにおがくずを敷き詰めてテストするなど、
開発では試行錯誤を繰り返しました。
おがくずを使ったテストの様子
約2年に渡る開発の結果、1980年ついに第一号機「HS35」を発売しました。
マイナス25度でも容易に始動する4ストロークエンジン機は、
当時主流の2ストロークエンジン機に比べ環境や燃費、静粛性にも優れ、
また手元のレバーだけで除雪と投雪、離せば停止という簡単で扱いやすい構造の家庭用除雪機です。
ニーズを的確に捉えた「HS35」は、アメリカで高い評価を受け、日本でも発売しました。
パワープロダクツの共通カラー「赤」をまとった
小さな「HS35」で除雪機の扉を開いたHondaパワープロダクツは、
次の大きな課題に挑戦することになります。
Hondaが送り出した最初の除雪機「HS35」は、小型除雪機の有効性を証明しました。
しかし市場からは「もっと除雪能力の高い上級機を」との声があり、
また日本では「日本の雪に合った除雪機が欲しい」という要望もありました。
より使いやすい小型除雪機への挑戦が始まりました。
HS35
「HS35」は独立した走行部を持たない半自走式という構造でした。
そこでHondaが注目したのは「走行部」でした。
平坦だけではない不安定な除雪環境では走行部のコントロールは重要です。
さらに車速を簡単に調整できれば作業効率が上がり「よく仕事をする小型除雪機」になります。
車速の調整はギアを使ったトランスミッションが一般的ですが、
簡単に無段階で車速を微調整することは困難です。
そこでHondaが開発したのは、90度の角度で組み合わせた2つの円盤が上下することで、
車速だけではなく前進後進も制御できる新機構の「フリクションディスク式変速機構」でした。
この機構を採用した「HS50」は1982年に販売を開始。
クローラーによる自走機能や集雪と投雪を別々に行う「2ステージ機構」など数々の機構を採用しました。
Hondaの除雪機は作業性能の高い除雪機として次第と知られる存在となり、
1980年代中頃から、中型機や大型機へとラインアップを広げました。
HS50
「さらに効率よく、さらに楽に」──Hondaの挑戦は続きます。
フリクションディスクの改良やCVTなど様々な可能性を研究した結果、
特に必要とされる低速でのトルクや速度の微調整を可能にする油圧制御による無段変速機構の「HST(Hydro-Static Transmission)」の開発に挑みました。
当時、HSTは大型の建設用機械などですでに実用化されていたものの、
家庭用の除雪機に使えるような小型のものはありませんでした。
開発する除雪機用のHSTは本体の小型化はもちろんのこと、
厳寒の環境でも対応できることが大前提でした。
最初の試作機は全く動かないなど難題が山積みでしたが、
開発チームのメンバーは諦めることなく改良を重ね、
4年後の1989年には「HS660S/870S」に搭載して販売を開始しました。
レバー操作のみで無段階に微妙な車速調節が可能なHSTは、
安定した性能を発揮し、現在も好評を得ています。
除雪機用の小型HST
HS660S
HST付き除雪機を初めて使って、その使いやすさなどでHondaファンになった人も多数いらっしゃいます。
除雪作業がスムーズに行えるようになるとより多くの雪をより簡単に除雪したくなりますが、大量の雪を効率よく除雪するためには、雪の量や質を見極めた操作が求められ、ある程度の経験や勘が必要でした。
Hondaは「経験が浅くても、簡単に効率よく除雪できる」という、世界中の誰も挑まなかった新たな課題へと挑戦を続けるのです。
新機構により作業効率は向上したものの除雪作業では
目視による投雪方向や周囲への確認が必要不可欠です。
そうした作業環境への配慮も同時に求められるため、除雪機の操作はより簡素な方が良く、
操作をある程度自動化出来れば、効率的な除雪作業が出来るようになります。
「簡単な操作で効率よく作業ができる除雪機」。
それは世界中の誰も達成していない分野への挑戦でした。
2001年に発売した「HS1390i」は、走行は電動モーター、
除雪はエンジンが行う世界初※1のハイブリッド除雪機でした。
左右2つの電動モーターをECUが制御することで速度調整を自動化でき、
電動化により小回りが利くスムーズな走行も可能になりました。
世界の誰もが成し得なかった速度調整の自動化は
Honda除雪機のひとつの到達点にも見えましたたが、
電子制御への新たな挑戦の始まりでもありました。
※1 Honda調べ
HS1390i
2005年に発売した「HSM1590i」では、モーターとエンジンの両方を制御することで速度だけではなく、エンジンの回転数などを最適な状態で除雪作業が出来るようになり、狙った位置への投雪が可能になりました。
スキー場や農地など広範囲で多くの雪に対する除雪を行う場合は、
中型もしくは大型の除雪機を使用します。
高く積もった雪に対し、それを段階的に切り崩しながら作業を進めていきますが、作業中の足場は平坦とは限らず、車体の傾きも考慮しながらの操作は複雑で、経験者でなければ効率的な作業は難しいものでした。
経験と勘に頼っていた操作の自動化という未知の分野にも挑戦し、複雑なオーガ操作の自動化を目指して開発した「スマートオーガシステム」は2013年に大型除雪機「HSL2511」に採用されました。
また、この「HSL2511」には除雪機では世界初※2のフューエルインジェクション採用のエンジンが搭載され、作業性、始動性に優れるといったメリットも生み出しています。
※2 Honda調べ
HSL2511
2013年に発売した小型機「HSS760n/970n/1170n」には、耕うん機で培った技術を生かしオーガ(除雪部)が正逆両方向に回転する「クロスオーガ」を採用。
除雪反力による機体の浮き上がりを抑え、
固くしまった雪への食い込みを格段に向上させました。
小型機の可能性をさらに広げたクロスオーガは、幅広く汎用機器を開発するHondaパワープロダクツならではの新機能でした。