誕生秘話

Honda除雪機の開拓者たち
面倒なオーガ操作からの解放を目指して
世界初のオーガアシスト機能の開発
ハイブリッド除雪機で除雪作業の負荷に連動して速度をコントロールすることで走行レバーの操作を軽減したHondaが、次なる簡単操作を目指して実現したのがオーガ<除雪作業部>の動きを制御することでレバーの操作を軽減した「スマートオーガ」。スマートオーガの開発に携わった、電装研究の御菩薩池さん、深野さん、商品性開発の諸井さんにお話を伺いました。
*文章中の「世界初」については2013年時点、Honda調べとなります。
Pioneers
御菩薩池 勉
御菩薩池 勉
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター アシスタントチーフエンジニア
1998年 Honda入社。電装デバイスの研究に従事し、1999年大型除雪機のモデルチェンジから除雪機開発に参画。歴代のハイブリッド除雪機をはじめとする電装デバイスの開発を担当。スマートオーガの開発ではHSL2511から参画し、HSM1590iではハイブリッドと組み合わせるスマートオーガの制御開発を主導した。
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター アシスタントチーフエンジニア
1998年 Honda入社。電装デバイスの研究に従事し、1999年大型除雪機のモデルチェンジから除雪機開発に参画。歴代のハイブリッド除雪機をはじめとする電装デバイスの開発を担当。スマートオーガの開発ではHSL2511から参画し、HSM1590iではハイブリッドと組み合わせるスマートオーガの制御開発を主導した。
深野 純
深野 純
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター スタッフエンジニア
2004年 Honda入社。電装システムの研究開発に従事。除雪機の開発に2005年発売のHSM1590iから参画。HSL2511の開発では、初搭載となるスマートオーガの制御開発を主導し、2018年発売のHSM1590iモデルチェンジにおいてもスマートオーガ制御の熟成を担当。
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター スタッフエンジニア
2004年 Honda入社。電装システムの研究開発に従事。除雪機の開発に2005年発売のHSM1590iから参画。HSL2511の開発では、初搭載となるスマートオーガの制御開発を主導し、2018年発売のHSM1590iモデルチェンジにおいてもスマートオーガ制御の熟成を担当。
諸井 篤
諸井 篤
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター  アシスタントチーフエンジニア
2007年 Honda入社。幅広い除雪機の商品性開発を担当。2018年のHSM1590iのモデルチェンジではDPL<開発部門リーダー>として、スマートオーガの搭載に加え、同時にモデルチェンジを行うハイブリッド除雪機全体のテストや商品仕様の取りまとめ役を務めた。
株式会社本田技術研究所
ライフクリエーションセンター  アシスタントチーフエンジニア
2007年 Honda入社。幅広い除雪機の商品性開発を担当。2018年のHSM1590iのモデルチェンジではDPL<開発部門リーダー>として、スマートオーガの搭載に加え、同時にモデルチェンジを行うハイブリッド除雪機全体のテストや商品仕様の取りまとめ役を務めた。
※肩書きは2020年9月時点のものとなります。

豪雪地域でも
「誰もが使いやすい除雪機」を
目指した新たな技術

Hondaがスマートオーガと呼ぶ機能について教えてください。
諸井
雪の上を歩くと、足が沈んだり、硬さの違いで片足だけが埋まったりするじゃないですか。除雪機も同じで、雪上を除雪していると機械が傾いてきたりしてしまいます。ですので、オーガの角度を調整することで進行方向の凸凹や左右の傾きを補正したりします。スマートオーガは、このオーガ操作の自動化を狙った機能です。
深野
除雪角度を一定に保てるので、雪深い地域で行う斜面を作ったり段切除雪といわれる雪の切り崩し作業がとても簡単になります。
なぜ「オーガ操作の自動化」という発想に至ったのでしょうか。
諸井
「雪をかいた跡を平らにしたい」という思いは皆さんお持ちだと思います。なので、除雪機を水平に制御できたらというのは、開発者でなくても除雪機を使われる方の頭の中にあることだと思います。
御菩薩池
除雪機は、路面の傾きや凸凹、雪の締まり具合、周囲に人がいないかなどに気を使いながら速度・投雪方向・オーガを操作します。レバーも多く、この操作は慣れるまで難しいものです。ハイブリッド除雪機では走行レバーの操作を大幅に軽減できた。スマートオーガでは、特に操作が難しいオーガ操作を自動化することで、簡単に使える除雪機を狙いました。
水平に制御する機能を搭載した試作機をつくって研究されたんですか。
御菩薩池
機体を水平に制御する研究自体は前からやっていましたが、試作機を作ってみたら、水平だけではなくて、「自分で角度を決められたらいいね」と、なりました。
諸井
ここで言っている水平というのは機体を水平に保つことで「絶対水平」と呼んでいます。しかし、実際の除雪スペースは路面が水平とは限らないので、絶対水平だけだと邪魔な動きになってしまう。路面に対して平行に保つように自分で角度を決められるのがいいと話し合いましたね。
最初にスマートオーガが搭載されたのはHonda最大サイズのHSL2511です。
御菩薩池
オーガ制御の先行検討を進めてきた中で、ちょうど大型除雪機をモデルチェンジする話があり、Hondaのフラッグシップとして相応しい機能として「HSL2511」にこの機能を初搭載することになりました。
深野
深い雪の段切除雪は、ある程度の大きさの除雪機で行われますので、「HSL2511」なら効果を実感してもらいやすいだろうと言うのも理由の一つですね。
スマートオーガを搭載することで、どういった除雪機を目指したのですか。
深野
Hondaのテストチームには「除雪のプロ」と呼びたくなるような除雪機の操作の達人がいます。そういった熟練者の操作を初めて使うような方でも実現できることをゴールとして目指して開発を行いました。

人間の操作は実はスゴイ!?
気持ちいい制御を
実現するまでの道のり

上下左右に連続的に動かす複雑な操作ですが、どういった機構なのでしょうか。
諸井
機構的には、除雪機の傾きを検知するセンサーを1つ加えただけです。このセンサーの値を見ながら、電動油圧シリンダーを制御してオーガを縦<ハイト>と横<ローリング>に動かしています。
オーガハイト機能
オーガローリング機能
えっ、そんなにシンプルな機構なのですか。
深野
機構はシンプルですが、制御は決して簡単な事ではありません。センサーで傾きを検知して、進み続ける機体の動きに遅れることなく制御しています。センサーの値を1秒間に何回も拾って常に演算して処理し続けているのです。
制御の開発ということですが、どういったことを行うのですか。
深野
「角度を一定に保つ」と聞くと簡単に聞こえますが、1つの操作が除雪機の動きにどう影響するのかを理解していないと制御プログラムは作れません。まずは、延々と除雪の極意を習得するところから叩き込まれます。諸井さんのような「除雪のプロ」からです(笑)。
センサーで機械の状態を読み取って熟練者の操作を実現するわけですね。
諸井
「センサーで傾きを検知する」というとスゴイことのように聞こえますが、実は人間には及ばないんですよ。人間は先を見ながら「次はこうなるだろうな」と予測することができますが、機械にセンサーを付けても起こった事象に対してしか動くことができません。
御菩薩池
センサーで値を読んでから機械を動かすと対応が遅れる。そのわずかな遅れをカバーしながら、どうやって平らな雪面を実現するか。それが開発における課題でした。反応が遅れると除雪した後の路面が波打つようになってしまいます。
雪山を一定の角度で除雪しながら登っていける
人が自然に行っている予測はスゴイことなのですね。
御菩薩池
それだけではありません。制御が上手く設定できれば、機械はビシっと水平を出せます。しかし、人間の感覚はそこまで厳密ではありませんから少し沈んでいるように感じることがあるのです。
諸井
その微妙な感覚とのズレを、人間はものすごく気持ち悪く感じるのです。スマートオーガの動きを「余計なお節介」と思われないために、その感覚に合うまでギリギリの調整が必要なんです。
センサーを付けるだけで、簡単に実現できるものではないのですね。
深野
センサーが読み取っている値は、実際の傾きではなく重力加速度です。なので除雪機の動きやエンジンの振動も拾ってしまいます。不要な情報を取り除いて除雪機に使える角度データを作ってから、やっと制御に入れるのです。
御菩薩池
この制御のプログラム作りも大変な作業です。除雪機や路面の傾きだけではなく、雪の量や硬さ、作業速度によっても制御が変わってくるのです。
制御を何パターンも持っているということですか。
深野
角度を一定に保つ基本の動きは1つなんですよ。ところが、同じ場所でテストをしても、1ヶ月後には雪の状態が変わっているから思うように動いてくれないようなことがあるのです。なので、様々な条件に合わせて、微妙にパラメーターの設定を変えて「味付け」を行っているのです。
諸井
絶妙なバランスの上に成り立っているので、1つパラメーターを変えると別のところに問題が生じるのです。試してみて「ちょっと気持ち悪いな」と思うたびに調整、また調整の繰り返しです。
オーガが狙い通りの動きをするか、雪の中で繰り返し制御の検証を行う
設定の微妙な調整は、意思疎通も含めて大変な作業ですね。
深野
調整は大変ですが、「除雪機の理想的な動き」は、不思議とチーム内で共有できていましたね。最初に、チームみんなで除雪機をしっかりと使い込みます。あと、除雪機のテストって立派なホテルがあるような所ばかりではないので、ひとつの部屋にみんなで泊まり込むようなこともあるんです。だから、一体感の中で開発が進んでいくんです。

雪国で活躍する
信頼してお使いいただける
機能に仕上げる

狙い通りの制御が実現できると、スマートオーガがいよいよ完成ですか。
深野
まだまだ、乗り越えることはあります。センサーには一つ一つ個体差があるのです。だから、試作機が上手くいったからといって量産する除雪機はそのまま動いてくれない。なので、生産の検査工程に簡易傾斜板を用意して、全数を検査してセンサーに最適な設定を行っています。
諸井
センサーの個体差以外にも温度のバラつきもあります。除雪機の生産が真夏の30℃で、使う時がマイナス20℃なら50℃の温度差があるわけです。この温度差も考慮しながら、センサー1つ1つに合わせて初期設定を行うのです。
御菩薩池
1度傾きがズレていても人間は気が付きません。しかし、1度が積み重なると大きな傾きになるので、初期設定がしっかりしないとスマートオーガは機能しないのです。
スマートオーガは、2018年にはHSM1590iにも搭載されました。
諸井
同じ機能ですけど、そう簡単に移植できたわけではありません。大型のHSL2511と中型のHSM1590iでは除雪機としての骨格が全く違います。
御菩薩池
それぞれオーガを動かす際の支点の位置が違うので動かし方が大きく変わってきます。また駆動方式もHSTとハイブリッドの違いがあります。
深野
除雪機を動かす細かな設定、つまり「味付け」がとても重要なので、機体のサイズや重量バランス、エンジン出力が変われば専用でチューニングをする必要があるわけです。
スマートオーガ機能を搭載する除雪機「HSM1590i」と「HSL2511」
初期の除雪機と比べると、驚くほどの進化を遂げていますね。
諸井
寒い中での雪かきなんて、本当はしたくない作業じゃないですか。だから「操作が楽な除雪機」を目指して開発を行うわけです。除雪を自動で済ませられると良いのだけど、刃が回っている機械なので完全に自動化するのは様々なデバイスが必要になり、家庭で買えるものではなくなってしまい現実的ではありません。
御菩薩池
除雪機は、どうしても操作が残る機械です。だからこそ、作業中にアレコレとレバーを操作しないで済むようにしっかりとアシストできる除雪機を目指して実現することができました。
除雪機の達人と呼ばれるテストチームを率いる立場から見てどんな仕上がりですか。
諸井
除雪機の動きとしては、まだ満点ではありません。しかし、相当なレベルまで引き上げることができました。除雪機をお使いだけども雪深い地域でお困りの方にぜひともスマートオーガを体験していただきたいですね。
Honda除雪機の開拓者たち
一覧