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V4エンジン、その35年にわたる技術の変遷と、挑戦の物語

ゼロから挑戦が生み出したもの

0X Engine 1979 イギリス GP

世の中に存在しない最高のエンジンをつくる

1978年、WGPへの参戦復帰宣言の翌年、本田技術研究所に「NR(New Racing)」というレース専任の開発ブロックが発足。そこで参戦へ向けてのマシン開発が本格的にスタートした。そのときHondaは、レース活動再開にあたって3つの目的を掲げている。1つ、レースで勝利することによる自社技術のアピール。2つ、革新技術の創造。3つ、レーシングスピリットを持つ人材の育成。NRブロックに集まった開発者たちは、みな若手のスタッフばかりだった。「自分たちの手で最高技術の結集をかたちにしたい、世間が驚くような最高のエンジンを創りたい」。2ストロークエンジン全盛の時代、また「2ストローク、4ストロークエンジンともに排気量は500cc以下、気筒数は4気筒まで」という、4ストロークには絶対的に不利な車両規定が定められていたWGP最高峰クラスに、あえて"4ストロークのHonda"として復帰することに、NRブロックの誰もが疑問を抱くことはなかった。新しい技術への挑戦は、こうして始まった。

常識にとらわれない発想と基本理論が生んだV4エンジン

車両規定内で4ストロークが2ストロークと互角に戦うには、まず単純にエンジンを2倍回さなければならない。そのためには高回転に耐えうる動弁系を作り、吸気効率を大幅に高める必要があった。そうした条件下で、ひとつの革新的なアイデアが生まれる。バルブ数を通常の2倍の8バルブとし、それをバランスよく配置できるピストン形状-"長円形ピストン"である。設計変更、ピストンリングやその他さまざまな改善を繰り返しながら、アイデアは着実に具現化されていく。そして、エンジン開発が始まって半年。その長円形ピストンを採用したエンジン設計図が描き上げられた。Vバンク100°の水冷4ストロークDOHC4気筒、通称"0X"エンジンである。クランクのジャーナル数が少ない分フリクションも少なく高出力に有利で、かつ互いに向かい合うピストンが往復運動による振動を打ち消し、理論的に一次振動を抑えられること。スリムなエンジン幅によるマスの集中化で、高い運動性を実現できること。「ピストンは真円である必要はない」という常識にとらわれない発想と、「限られた条件で最大限の性能を引き出す」という理路整然とした構想から、独創的なV4エンジンは生まれたのである。

1979 NR500(0X) エンジン

1979 NR500(0X) エンジン

1979 NR500(0X) エンジン

1980 NR500(1X) エンジン & フレーム

1980 NR500(1X) エンジン & フレーム

1981 NR500(2X) シリンダーヘッド

1981 NR500(2X) シリンダーヘッド


1981 NR500(2X) シリンダーヘッド

1981 NR500(2X) 長円形ピストン

1981 NR500(2X) 長円形ピストン


1981 NR500(2X) 長円形ピストン

1981 NR500(2X) エンジン

1981 NR500(2X) エンジン


1981 NR500(2X) エンジン