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鈴鹿8時間耐久ロードレース
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失敗から生まれる勝利。Part3 : 勝利へ向けての準備

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Part3 : 勝利へ向けての準備

一年の間に何をするのか

『レースに“勝つ”ためにはどう作戦を立てれば、いい結果が生まれるのか。どのチームも戦略を立てるが、その基準をどこに置くかで結果の50%は決まる。では、基準とは何か。それは“最悪の事態”である』

『レースでは何が起こるか分からない。起こり得ることを想定し、これ以上はないと思えることを最終策とする。それを基準にしておけば、大きな失敗はない。初めに“失敗したこと”を最優先に分析を行う。失敗の分析からその対応案を計画し、テストで確認を終えるまでの日程を立てる。そして、失敗への対策が本当に正しいのか。順を追って調べたら、疑問が湧いてきたなどということがないよう徹底的に調べる』

前章で説明したように、レース翌日から行われた失敗の検証から、翌1991年の8耐へ向けた準備は始まったとノートの主は言う。そこでは、例えば転倒によって破損した部品を写真に撮って多面的に分析し、ネジの外側が損傷して取り外しができなくなっている個所があれば、内側からも取り外しができるような構造にする。あるいはワンタッチのクイックファスナーや蝶番を用いるなどの、改良も行われている。とにかく“想定できることは全てやる”という姿勢を貫いた。

  • 1991年 ワイン・ガードナー
  • 1991年 ミック・ドゥーハン

何のトラブルなく回り続けたエンジンにしても、ゴール後の車検で分解・検査された後に、それをそのまま組み直してベンチテストを行う。その際に、レース後の疲労を見越して設定された基準値を下回った場合は、再設計に近い改良を施すという。

「当時のマシン開発コンセプトの大きな柱に“壊れない”という考えがあった。そのためには、ボルト1本、ワッシャー1枚まで、テストで間違いないと確認できた物しか使わない。それこそ、亀裂が1本入ればすべてをやり直すレベルであり、そのくらいマシンや部品の保証性を重視していた」という。それがRVF750の強さであったし、93年の日本人チームの燃料系トラブルの原因は、まさに保証の取れていない部品を本番前に組み込んでしまったことにある。

マシンの改良と、運営面の戦略立案を核に、さまざまな準備がひと通り終わったのが90年の暮れ頃だ。改良されたガス補給装置の採用決定はクリスマスの日だった。その最終確認テストは火災実験場で行われた。そして、チームメンバーが選定されたのは91年が明けたころ。“勝つ”ために1から10まで見直すということは、初心に戻ってすべてをやり直すということであり、言い換えれば、90年の二重、三重の失敗は、それほど重大なことである。「前年のコピー(真似)ではなく、そこに自分の考えで+αを加えることが、時間の短縮につながると思った」と言う。

『レースに“勝つ”ためには何をすればいいか。初めにやらねばならないことを全て書き出す。意見を出す人が多いほどいい。大きなことから、買い出しに至る小さなことまで全て。その中からハード、ソフトに分類する。ハードはマシン関連とする。ソフトは備品類からレース当日のお弁当まで、幅広く含む。分類を終えたら、その担当者を決める』

『仕事を始める前に、その部品のチェック項目を書き出す。この備品の役割は何なのか、どんな時に使用するのか、調べる。使用頻度は実際に使用して確認をする。その時の心構えが大切である。自分がチェックをしたことで“オレが責任を持つ”という意気込みで取り組む。その気持ちが不具合を見つけ、ミスを遠ざける一歩である』

『備品に対し、初めはその備品を愛車のように磨く。その次に作動するものは全て動かし、点検後に作動面にオイルやグリースを塗布しておく。気になる点は必ずメモを取っておき、上位者に相談する。この時、必ず自分の考えを述べる。そして上位者から意見を聞き、判断する。一つの備品を完結してから次の備品へ進む。中途半端な状態で次の備品に取りかからないこと』

『備品の手当をする人にはレース経験者を混ぜること。なぜならば、経験から得られた知識には無駄が無く、即効薬的に効果が現れる。チェックする際にも、現実に使用する立場で物を見ることができるからである。そこには厳しい視点がある。小さな点を見逃したことで致命的な結果をもたらしたら事例は数多くあることを忘れてはならない』

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