鈴鹿8時間耐久ロードレース
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失敗から生まれる勝利。Part2 : 目的地への道程

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Part2 : 目的地への道程

失敗に基づいた思考と試行

1990年のレース翌日、出場車両は研究所に持ち込まれて徹底した検証が行われた。ノートの主は何年も燃料補給に関わった立場で、確実に満タンになる構造の燃料タンクを開発し、まさに90年にそれを投入した当事者だった。わずか3秒程度で満タンにしてしまう高速給油では、どうしても燃料に多量の気泡が発生する。これを解消できれば、正確に満タンを実現できる。それが動機だ。

「そのヒントは、酔っぱらってオシッコをしている時の泡立ちだった。何で泡が立つのかと考えてみると、落下距離で泡立ちが違うわけで、座ってしてみると案の定、泡立ちが少ない。水を張ったバケツにホースの口を入れていれば、勢いよく水を流しても泡が立たないのと同じ理由。その考え方で燃料を流し込めば、燃料タンク内に気泡が発生せず、確実に満タンにできると思った。そこで泡が立たないように内部構造を変更したことで、目いっぱい燃料を入れられるようになった」

この燃料タンク仕様には絶対的な自信があった。検証でも、的確な作業を行えば不足なく給油が行えることを自ら実証。何しろ燃料がいっぱいになると、給油口と並ぶエア抜き口から燃料が吹き出すが、この吹き出しを確認すれば間違いなく何度でも満タンになった。この状態でどうしてガス欠になったのかが、分からなかった。しかし、完ぺきと思っていても、落とし穴はまだあった。

結局、転倒によって燃料タンク内部に構造変化が生じていたが、そのことが分からずに通常補給作業で送り出した。要は、いかなる場合でも補給後に満タンの確認が可能であるか否か、原因の本質はそこにあった。それならば、一見して満タンが確認できるように、新たに燃料タンク上面に点検窓を設けたのである。

果たして窓を付けてみると、その内側に小さな気泡すら付かないほど、タンク内は燃料で満たされていた。気泡のないクリアな状態を見て“本当に入っているのか?”と半信半疑だった関係者の前で、タンク内部に押し込める可動式の点検窓を押すと、押した方向から勢いよく燃料が吹き出した。

しかし、これでは失敗の教訓が生かされない。点検窓を押さないと判断する仕様だからだ。補給終了後に一目で判断できるよう、直径10cmの点検窓に気泡ができる構造に挑んだ。

以後、ガス欠など燃料系の根本的トラブルが起こることはなくなったが、その後の燃料補給に関わるインプルーブメントは行われた。92年には給油の圧力で膨らむアルミ製燃料タンクの中にラバー製インナータンクを設けることで、タンク変形と容量変化のリスクを抑制。新たな点検窓も採用された。その後、給油装置の最上部に大径の円盤状のトレーを設け、その中にドライアイスを投入した燃料冷却塔も投入。少しでも燃料の充填効率を向上させるためのアイデアだった。

1992年 RVF750

これらの試行によって、やがては燃料の油面が上昇すれば給油終了という、誰にでも間違いのない正確な給油作業が行えるレベルにまで到達した。そうして8耐におけるHondaの給油ピット作業の速さは、ライバルチームにとって解明すべき謎となり、ピット作業を撮影したVTRによって分析・研究されるまでになった。

このように、失敗の原因究明は、直接的な対応やその時だけの改良ではなく、過去の失敗に基づいた継続的な確認と改良こそが、“完ぺき”に近づく唯一の方法論であり、8耐におけるHondaのストラテジーであるといってもいいだろう。そのために、1年の準備期間で、どのような試行と修練が行われているのか。ノートの主は、いわゆる8耐における1〜10までを見直し、それらを徹底すべく準備を始めたという。

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