鈴鹿8時間耐久ロードレース
特集

失敗から生まれる勝利。Part2 : 目的地への道程

  • Part1
  • Part2
  • Part3

Part2 : 目的地への道程

8耐で勝つための6つの戦略

8耐が、1時間のスプリント走行を8回行う特異な耐久レースであるという認識を決定づけたのは、1985年のHonda対ヤマハ、つまりワイン・ガードナー対ケニー・ロバーツの対決だったといってもいい。ロバーツによるポールポジション・タイムは前年から2秒短縮され、ガードナー/徳野政樹組による優勝周回数は前年より4周も増加した195周という記録から、この新旧2人のGPライダーによる戦いが、8耐のスピードを大きく引き上げたことがわかる。

もちろん、8耐は1978年の第1回から、耐久レースの常識をくつがえすスプリントペースで争われてきたが、その内容は(多くはその後にGPデビューした)4ストロークのスプリンターと耐久ライダーの戦いだった。しかし、この85年を境に、8耐はGPライダーを招へいした各メーカーの総力戦へと移行。さながら世界GPの番外レースともいうべきスピードで競い合われることになる。

  • 1985年 RVF750
  • 1985年 RVF750
  • ワイン・ガードナー(WGP参戦時)
  • 徳野政樹

その中でも、Hondaを代表する存在となっていったガードナーは、84年、86〜87年、89〜1990年と、90年までに5回のポールポジションを獲得し、圧倒的な存在感を示した。事実、86年のレースでは、予選で2位のヤマハ=ロバーツに約1秒半の差をつけてポールポジションからスタートすると、そのままトップを一度も譲ることなく快走。熟成なったV4マシン=RVF750とともに“8耐最速”の存在へと登り詰め、Hondaは8耐3連勝を記録した。

1.ライダー

最優先条件。現在の8耐は3人体制で走ることも可能で、2人体制に比べるとライダーの疲労度を軽減できるメリットがある。しかし、そのスピードや技量がほぼ同じレベルにある3人のライダーをそろえることや、その3人の誰にでも合うマシン仕様を実現することは困難である(マシンの仕様が自分に合っていないと、2分9〜10秒台のラップタイムはコンスタントに出ない。※これは2人体制の場合も同様)。

2.燃費

前年の優勝周回数を上回った周回数がその年の目標周回数となる。目標達成のためにラップタイムを上げる必要がある。それにはより高いギアで走行、ブレーキングは遅らせる。さらに急加速は避けるなど、細かな要望をライダーに指示し、燃費に関してはライディングスタイルを変える勢いで目標燃費に挑む。

走行距離が伸びる=平均スピードが上昇すれば、その分燃費が悪化する。燃費が悪くなると目標周回数が達成できないため、混合気を薄くする。すると出力が低下する傾向になるので、ラップタイムに影響が出る。

1回の給油で28周の走行が必須要件であり、走行距離にして1周5.82kmの鈴鹿サーキットではほぼ163kmのとなる(東名東京料金所から、静岡インターのやや先までの距離になる)。燃料は約24Lが必要。途中でガス欠になったら、全てのスケジュールが崩れる。

給油するためのピットインでは、インラップ/アウトラップを含めて約2分のタイムロスが発生する。このため、イレギュラーな給油は致命的ものとなってしまう。このため事前テストで何度も走行し、燃費データの精度を高めておく必要がある。

3.ピットワーク

28周=約1時間ごとに燃料補給とタイヤ交換、ライダー交替を行う。これに費やす作業時間は、各ワークスチームで14〜15秒。この時にミスが発生しやすい。1秒でも早くマシンをコースに戻したいのがピットクルーの気持ちであり、どうしても浮き足だってしまうためだ。このため、ミスのほとんどが焦りからくる人為的失敗となる。

また、一度にマシンに触れられる人員は4人と規定されているので、作業を行う際に担当人員を入れ替えるため、明確な作業終了合図、陸上リレー競技同様なバトンタッチが重要。早く次の人員に作業を引き渡したい焦りがミスを呼び、簡単に3〜4秒のタイムロスを生んでしまう。ピットワークを目標時間内で確実に終わらせるためには、日頃の練習がものをいう。

4.インラップ/アウトラップ

ピットワークを終えてコースに戻った周をいかに速く走るかがポイントになる。タイヤが冷えていて、かつ燃料満タンで重いマシンを、いかに周囲のスピードに合わせていくか──ライダーの手腕が問われる場面であり、タイムを短縮する貴重な場面でもある。ここ数年は、多くのチームがこのことに気がついて、アウトラップのタイム短縮に意識を注いでいる。

5.ラップタイム

トップを走行するマシンと、それを追う2位のマシンの、1周当たりのタイム差がコンマ3秒だとすると、1回の走行セッション=28周では8秒以上の差がつき、例えばこれが217周になると1分以上の差になる。よって、1周のラップタイムをいかに向上させるかが、極めて重要な要素になってくる。

6.最後に運

例えば耐久レースの場合、コース上で転倒や落下物があった場合でも、すぐに赤旗・レース中断にはならない。その代わりに2台のペースカーが、東西各コースから入ることになる。このペースカー進入の際に、運がよければペースカーの前に位置することで半周ほど稼ぐことができ、逆に運が悪ければペースカーの直後になってしまい。後続に追いつかれることになる。

また、ペースカーが走行を規制している間は、ライダーは高いギアでエンジン回転を落として走行し、少しでも燃費を向上させることに意識を注ぐ必要がある。

この場合、おおよそ3分台の走行となるため、燃費の変化をふまえた上で、残り周回数や次のピットインのタイミングを計算する。これが勝負どころ。

これら6つの要素は現在の8耐で運用される、失敗から生まれた経験則であり、これらのうちどれか1つでも不十分である場合は勝てないということになる。ここでポイントになるのは、その要素のどれもが人為的なものであり、燃費ですらそのコントロールを行う人間側の認識の重要性を訴えている。

つまり、ハードウェアであるマシンとその性能が完成していることを前提とし、ハードウェアを完全に作動させるためのソフトウェア=チームと人間のあり方を説いている訳である。

86年のパーフェクトな勝利は、マシン性能の完成を象徴する事象であり、それまでのV4マシン=ハードウェア開発の成果だった。ちなみに8耐におけるV4エンジンでは、根本的な設計や材質などが原因によるメカニカルトラブルは起きていない。

そして、それ以降の8耐は、戦略と人的能力=ソフトウェアを全て見直し、その試行錯誤を繰り返したことで、4年間の長い間、敗北という苦い結果を味わい、その都度、針のムシロに立たされたといってもいいだろう。

鈴鹿8耐TOPへ