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JTCCでのテストドライバーなどを経て、1998年からNSX-GTで旧JGTCに参戦開始。2000年にはダブルタイトルを獲得している。
以後、レーシングドライバーとしてのキャリアの多くをNSX-GTとともに過ごしてきた、
まさに「ミスターNSX-GT」である道上 龍選手が語る、NSX-GTとは。

「僕はNSX-GTで最初の年を除く12年走ってきていますけど、ベストレースというと、やはり最初にNSX-GTでチャンピオンを獲得した鈴鹿のレース、ということになるでしょうね。とにかくリタイアをせず、確実に1ポイントでも多く獲るということをめざした結果、優勝こそできなかったもののチャンピオンを獲得することができたんです。ウェイトを積みながらもいいレースをできた、というのが印象に残っていますね」

「その当時のチームメイトは、中子さんと、光貞さんでした。中子さんは『大先輩』。僕がコンビを組ませてもらった時点でグループAから含めて10数年乗られていた方でしたからね。 年も離れていてお父さんみたいな感じでしたが、若手だった僕に厳しくも丁寧に教えてくれて、『耐久レースとはこういうものだよ』というのを学びましたね。
シーズン中に中子さんと交代した光貞さんは、逆に長い付き合いで気心知れた兄貴みたいな感じでした。
トレーニングを一緒にやったり、リラックスしてレースに臨めました。
あのときチャンピオンを獲れたのはこのふたりのおかげというのもあります」

「大変だったのは2004年。2003年にレギュレーションの変更で苦戦をしたので、NSX-GTにとって初めてのターボエンジンを搭載していたんですが、苦しかったですね。そうそう、今だから言えるんですが、シーズン前のテストではこんなこともありました。ちょうど12月のクリスマスの時期で…24日、25日もテストをしていたと思うんですが、そこでターボエンジンのシェイクダウンをしたんです。3日間でまともに走れたのは5周ぐらいでしたね。ピットロードで発進できなかったり、コースインしたと思ったら火を噴いて停まったり…。当時のチームメイトはセバスチャン・フィリップ選手だったんですが、彼らヨーロッパ人にとってクリスマスは特別な時期。『わざわざ日本まで来たのに』…って、ブツブツ言っていたのを覚えています。2005年にはNAのエンジンにスイッチしましたが、ターボの方もどんどんよくなっていっていたので、あのまま開発が進んでいたらどうなっていたのか…という興味はありますね」

「そうですね。僕が初めてNSX-GTに乗った当時はリアウイングが2枚ウイングだったり、いろんなフィンやらディフューザーやらいろいろついていたりで、それは凄い迫力でした。しかも、こんな大排気量、ビッグパワーのハコ車に乗るのは初めてでしたから、どんな挙動を示すのかと戸惑いがあったんです。でも、乗ってみるとリアグリップがしっかりしていて全然リアが流れない。どっちかというと、そのぶんフロントが逃げやすいようなクルマだったんです。『これだけリアがグリップするならフロントをうまく入れてやる走りをすればいいのかな?』と頭を切り換えたところ、最初のシーズンで3回もポールポジションが取れました。だから、いちばん乗りやすいと感じたのは最初のシーズン、1998年ですね」

「NSX-GTと過ごしてきた時間がとても長いですからね。でも、レースをやっていると、あっという間の12年間だったような気もします。レギュレーションによってマシンのパフォーマンスが最大限に発揮できなかったり、そんな宿命を背負ったクルマでもあったと思いますが、それでもはい上がってくる実力、強さ、そういったものはやはりNSX-GTの魅力でした。来年以降どんなクルマが出てくるのか、今の時点では僕もわかりませんが、NSX-GTと同じようにみんなの心に焼き付いて離れない、印象的なクルマであってほしいと思いますね」