青山博一チャンネル〜Go! Go! Hiroshi〜

Go! Hiroshi352011/11/09

スペイン
バレンシア・サーキット

バレンシア・サーキットとは

グランドスタンドからコース全体が見渡せるスタジアム状のサーキットで、レースウイーク中にのべ20万人を超える観客を集めます。コースとしては抜きどころが少なく、スターティング・グリッドを争う予選の重要性が高いレースとなります。

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最終戦と新たなスタート、の巻

青山博一チャンネルをお読みくださっているみなさま、こんにちは。青山博一です。最終戦バレンシアGPが終了し、2011年シーズンが幕を閉じました。

今回の第18戦は、チームメートのマルコ・シモンチェリ選手の追悼レースという、チームにとって重要な一戦でした。前戦のマレーシアGP決勝開始直後に発生したアクシデントは、あれが本当に起こったことだとは今でも信じられないくらい、あまりに突然の出来事でした。マルコとは250cc時代にチャンピオンを争うライバルとして戦い、2010年にはともにMotoGPへステップアップして、今年はチームメートとして同じピットボックスでともに時間を過ごした仲間です。明るい性格の彼は、このTeam San Carlo Honda Gresiniのムードメーカーでもありました。そんなマルコが突然いなくなってしまったのはとてもショックで、彼の姿がピットボックスにないのはなんだか嘘のような気もします。

シモンチェリ選手のピット

マルコの葬儀に出席したあと、チームも僕も、最初はとてもレースをするような気持ちにはなれませんでした。しかし、この状況から逃げていても前に進めないし、レースをすることがマルコのためでもあるのと同時に、何より自分たち自身にとって重要なことなのだと考えて、バレンシア・サーキットへとやってきました。深く考えるとまたいろんなことを思い出してしまうのですが、とにかくマルコへの追悼の意味を込め、そして自分自身のひと区切りとなるレースのためにぜひともいい走りをしよう。そう決意して最終戦に臨みました。

今回のウイークエンドは、金曜はレイン、土曜はドライだけれども温度の低い冷えたコンディション。そして日曜の決勝レースはドライで始まったものの、時折り雨がぱらついて状況の予測がつかめない難しい展開になりました。路面も非常に滑りやすく、ウイークを通じて悩まされたマシンのチャタリングやホッピングなどの症状と格闘し続け、解決の方向を探ったのですが、最後まで問題は解消せず、苦しみながらも何とか完走を果たして12位でチェッカーを受けました。自分では納得のできない内容と順位になってしまったのは残念ですが、このレースでひとまず2011年シーズンは終了しました。長い一年を支えてくれたチーム全員とスポンサー各位、HondaやMotoGP関係者のみなさま、そしてこの青山博一チャンネルをお読みいただいたすべての方々に、この場を借りて心からお礼を申し上げたいと思います。

青山博一

おそらくすでに多くの方々がご存知の通り、僕は2012年シーズンに、活動の場をスーパーバイク世界選手権に移すことになります。所属チームはCastrol Honda World Superbike Teamで、ジョナサン・レイ選手が来年のチームメートです。チームからは今シーズンの早い段階に接触があって、僕に興味を示してくれていたのですが、自分自身ではMotoGPで走りたい気持ちも強く、ずっと保留をさせてもらっていました。来シーズンもMotoGPマシンで走ることができるかどうか、ぎりぎりまで可能性を探ってきたのですが、現状でのいくつかの可能性で最善の選択肢を考慮し、最終的にスーパーバイク世界選手権に転向することを決意しました。

Castrol Honda World Superbike Teamの母体となっているTen Kate Racingは、Hondaのマシンを知り尽す経験豊富なチームで、過去にチャンピオンも獲得しています。そのチームが僕を必要としてくれて、請われて所属するのだから、ライダーとしては本望だと思っています。スーパーバイク世界選手権はMotoGPとはカテゴリーもルールも違うのでまずはその環境に慣れる必要がありますし、チームが異なると仕事の進め方も異なるので、そこにも順応していかなければなりません。ある意味では全く新しいチャレンジですが、チームと一丸となって高い目標に向けて進んでいきたいと思います。

そして、来シーズンはスーパーバイクに転向することにより、スケジュール面で鈴鹿8耐に出場できる可能性が高くなるような気もします。鈴鹿8耐はいつか出てみたいとずっと思っていたレースですし、せっかく出る以上は当然、優勝を目指したい。来年の話なので、まだどうなるかは全くの未定ですが、僕自身はチャンスがあればぜひとも優勝を狙える体制で参戦をしたいと考えています。今からとても楽しみです。

とはいっても、来年以降のことはまだあまり具体的に考えていません。今はMotoGPの2011年シーズンが終わった直後でスーパーバイクへの転向もまだ実感がわかない、というのが正直なところです。僕がMotoGPから離れると明らかになったときには、多くの人々が残念がってくれて、そのこと自体はとてもうれしいのですが、「そんなに残念なことなのかなあ……」という気もします。僕としては、いずれMotoGPに復帰する気は満々だし、再来年以降にMotoGPへ戻ってくることを考えているからこそ、今回の選択に至ったのですから。

たしかに、2012年シーズンは、僕はMotoGPのパドックにはいません。でも、数年して環境が変わればMotoGPに戻ってくるチャンスはいくらでもあると思うし、そういう意味では「しばらくの間ここからは離れるけど、スーパーバイクの世界でがんばって、またMotoGPに戻ってくるよ」と、全くポジティブな気持ちで今回の転向をとらえています。だから、みんなが言うほど僕自身は残念に思っていないんです。

青山博一

来年以降の生活ですが、まだTen Kate Racingの人たちとは話し合っていませんが、今のところは従来通りにバルセロナを拠点にしようと考えています。来シーズンはMotoGPのパドックから離れても、アルベルト(プーチ)たちと離れることはないだろうし、レース環境の変化に加えて今まで築き上げてきた生活環境までも変えてしまうと、あまりにも多くのことが変わってしまいます。ですので、生活環境は今まで通りの状態を維持した方がいいのではないかと思うんです。

この1年間、本当にありがとうございました。そして、来年からの新たなチャレンジに向けて、ふたたび応援していただければとてもうれしく思います。頂点を目指す戦いはまだまだ続きます。これからもよろしくお願いいたします。

青山博一

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プロフィール

青山博一
Hiroshi Aoyama

5歳からポケバイに乗り始め、15歳でミニバイク関東選手権を制覇。2000年から全日本選手権250ccクラスに参戦して、03年に全日本タイトルを獲得しました。翌04年からHondaのライダー育成制度「Honda Racingスカラーシップ」の第1期生として世界選手権250ccクラスにフル参戦を開始。昨年、日本人として8年ぶりとなる250cc世界チャンピオンに輝きました。2010年は世界最高峰レースMotoGPにステップアップして、次なる頂点を目指して戦っています。