MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2002年9月号

現場の工夫と応用で広がるシミュレーター

 危険予測能力を効果的に学習できる教育機器としてシミュレーター教育が注目されています。昨年4月の発表以来、教育ソフトも充実したHondaの二輪、四輪シミュレーターを導入し、さまざまな教育を行なう交通教育センターや自動車教習所にスポットを当て、新しい交通安全教育のかたちを探ります。

実車教育との組合せで自分の運転を多角的にみる
―鈴鹿サーキット交通教育センター「事故防止特別コース」

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四輪シミュレーターを使った危険回避訓練。
 鈴鹿サーキット交通教育センターで8月22、23日の2日間、企業研修「事故防止特別コース」が行なわれました。このコースは1999年2月からスタート、シミュレーター教育は2001年末から導入されました。交通教育課マネージャーの新家哲男さんは、シミュレーターの特徴を(1)全員が同じ危険を体験できる(2)なぜ危険に陥ったのかを再生できることだといいます。その特徴を活かせるのは、少人数制で実施している「事故防止特別コース」ではないかというのが導入の理由です。
 カリキュラムは、3回の市街地走行(路上での同乗指導)で運転者の普段の運転を見る、2回の座学で行なうKYT(危険予測)で危険感受性を養う、シミュレーターで危険回避の訓練を行なうことを基本としています。それに交通教育センター内での「制動(ブレーキング)」「運転と反応」の実車教育を組み合わせています。
 当初、シミュレーターを使った危険予測能力のトレーニングは、KYT→シミュレーター→市街地走行の順で実施していました。しかし、シミュレーター走行で失敗した場面と同じシチュエーションが市街地走行でも発生しています。そこで、KYT→市街地走行→シミュレーターと、市街地走行の後にシミュレーター教育を行なうことで、失敗した場面をリプレイして再確認し、それをまた市街地走行にフィードバックするという手法をとることにしました。
 繰り返し、繰り返し、路上走行とKYT、シミュレーターで危険を見きわめる能力を向上させ、運転の癖を直していく。それがこのコースの特徴といえます。


3人1組で行なう危険予測
―関目自動車学校

 大阪市の関目自動車学校では、二輪シミュレーターを卒業生対象の講習会に活用しています。講習会は年2回、春と秋の交通安全運動期間中に実施し、パイロンスラロームや一本橋などにシミュレーターを加え、楽しみながらレベルアップを図るものです。
 このほか、地元の鶴見交通安全フェアの一環として、学校を1日開放して地域の小学生や老人クラブの方々に参加体験型の教育を行ない、ここでもシミュレーターを活用した教育を試みています。
 昨年は緑小学校の児童に当初、自転車教室を開催しようと考えていましたが、当日はあいにくの雨。そこで子どもたちに交通社会の入り口を理解してもらおうと、シミュレーター教育を行ないました。所轄の警察署の方の講話を受けて、自転車の右側通行がいかに危ないかをシミュレーターを使って説明したところ、子どもたちは大変興味を示したといいます。「交通の場面では四輪や二輪、自転車、歩行者といろいろなもので成り立って、そこにはルールがあるということを、みんな楽しみながら学んだようです。教頭先生をはじめ先生方や保護者の方々も集まって大変な人気でした。子どもたちの理解も早く、シミュレーターの前では大人も子どもも同じだと思いました」(同学校技能部次長の内間義克さん)。
 内間さんは、危険予測の訓練をシミュレーターで行なう時、3人1組で行なうそうです。「最初の人はなかなか危険予測ができませんが、2人目の人は最初の人の様子を見ているので、危険にあう確率は少なくなります。さらに3人目の人は危険に備えて、いつでも停止できるように身構えて運転するようになる。もう一度、初めの人に戻って繰り返す。1回では止まれなくても、2回目には危険を予測して止まれるようになる。何度も繰り返してできる、他の人の運転を客観的に見ることができる、これがシミュレーター教育の大切な所だと思います」。


海外でもインストラクター講習のカリキュラムに
―タイA.P.Honda

 海外でもシミュレーター教育は着実に成果をあげています。二輪車販売代理店であるタイのA.P. Hondaでは、1993年から二輪車の事故原因を研究し、事故にあった人のインタビューやアンケート調査を通じて講習のカリキュラムの改善を図ってきました。
 A.P. Hondaの講習コースは次の5つのコースに分かれています。
1. 店頭安全指導コース
2.イントロダクションコース
3.ベーシックコース
4.サブインストラクターコース
5.インストラクターコース
 サブインストラクターとインストラクターの役割は、一般ライダーへの安全運転普及活動の展開です。1998年よりこの「サブインストラクターコース」と「インストラクターコース」に二輪シミュレーター教育が導入され、現在までに延べ9000人以上が受講。そのリアルな体感と危険予測訓練が大変好評だといいます。その結果、運転経験が豊富で、運転技術が高くても、安全運転意識やマナーがなければ、交通事故発生につながることも改めて浮き彫りになりました。
 現在、二輪シミュレーターを使用した講習の受講が交通警察官の必須項目になっているほか、タイ交通局係員の協力を得て、新規免許取得者への安全運転講習にも二輪シミュレーターを使用しています。

 今号ではこの他、従業員に対し、四輪シミュレーターと交通教育センターレインボー〈浜名湖〉での研修で、危険予測能力を高める教育を行なっている本田技研工業浜松製作所の活動を紹介します。

交通安全教育の
可能性を広げる
シミュレーター
日本大学名誉教授
長江啓泰
 シミュレーター教育の基本は初心運転者教育です。しかし、シミュレーター教育の可能性という点では、持っている機能をまだまだ十分に使いきっていないように思います。シミュレーターには、危険の認知を現実と同じように連続性をもって体験できる、リプレイ機能によって自分が感じたことを客観的に見ることができる、という2つの大きな特徴があります。こうした機能を十分に活かした使い方をすれば、初心運転者教育にとどまらない、従来の教育の枠を超えるさまざまな可能性が開かれてきます。今回、紹介されている事例からもそうした可能性を見ることができます。
 その可能性を開く鍵は現場の指導員にあります。指導員の工夫によってさまざまな教育の手法を生み出せることができるのが、シミュレーターのもう1つの特徴なのです。それには、指導員が教える対象によって何を教えたいのか、何を気づかせたいのか、把握したうえで、自分なりの応用を考えてマニュアルを作ることがポイントになります。そのためには指導員のマニュアル開発の意欲を促すことが必要です。
 シミュレーターの機能を十分に発揮させるソフト開発とともに、受講者が納得できる手法を指導員が工夫して開発することで、シミュレーター教育の可能性を広げていくことができます。シミュレーターは新たな安全教育の可能性を広げてくれるる教育ツールといえます。

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