MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2002年1月号

存在を期待される企業であり続けるために


 豊かな生活、快適で安全な世界の実現は人類共通の夢といえます。2001年から「人々と共に夢を求め、夢を実現していく」という意志を込めた「The Power of Dreams」を掲げたHondaは、クルマづくりを通してどのように夢の実現に挑戦しているのでしょうか。走ることの楽しさと安全と環境が融合した21世紀のクルマづくりのあり方について、フジテレビ特別アドバイザー露木茂さんによるインタビューで、吉野浩行・本田技研工業社長に聞きました。

吉野浩行(本田技研工業社長露木 新年明けましておめでとうございます。20世紀後半から21世紀にかけていわゆるグローバライゼーションが時代の潮流となる中、21世紀の始まりといわれた2001年はたいへん波瀾含みのいろいろな出来事があり、非常に見極めの難しい時代に入ってしまったようです。一方で、自動車業界では世界的に国境を越えた再編成の動きがありました。そのなかでHondaは自主自立のポリシーで貫いていますね。
吉野 グローバルな競争力を求められる時代に突入しましたが、私どもにはグローバル性があり、地球環境に対応する技術も用意でき、それを支える収益も出せると思っています。競争力の強化は、ビジネス面でのリレーションで個別にやっていけばいいという考えです。
露木 それはHondaの自信の表れということでしょうか。
吉野 自信というより、私たちの企業の生きざまはオリジナリティが強いので、他メーカーと一緒になるとこの生きざまを貫けないぞと思っているのです。世の中、欧米流の資本主義、とくにアメリカ流の資本主義が世界標準だみたいな形でどんどん拡がろうとしています。
露木 グローバルスタンダード即ちアメリカンスタンダードだと言われていますね。
吉野 そこに疑問があります。企業は株主からいただいた資本で運営して、それなりのお返しをするという根本は変わらない。しかし、それを極端に追求することによって長期的、あるいは将来的な視点ではなく、非常に短期的な利益を求めていく。それは違うと思います。むしろ企業は言葉は古いが、世の中のため、人々のためにあるのです。
露木 パブリックな存在として、企業はあるべきだということですね。
吉野 それが確立していないと永続性がない。したがって、欧米流の理念とはかなり違う理念でやるべきものだと思っています。もともとHondaは創業者の本田宗一郎が自分がやりたいことをやるというスタンスで始まっているものですから、社員は、自己実現の場がHondaだという考え方が非常に強い。自分たちがやりたいことをやり、しかも世の中のためになるようなことが一番だという情熱を従業員のエネルギーの源にしているのです。

夢を実現していく力

露木 昨年、「The Power of Dreams」というスローガンを掲げられました。
吉野 誰にでも「こんなことができたらいいな」、「あんなものができないかね」といった思いや情熱がある。それは必ずしも技術や製品だけではなくて、それぞれの職場にもたくさんあるはずです。そういうものを夢と称して、夢の実現に向けてHondaは挑戦し続け、成長してきた企業です。これをHondaのパワーにしようということです。
露木 社員の方は大きな夢、小さな夢、いろいろなものを持っている。それを実際の力に変えていこうということでしょうか。
吉野 ええ。たとえば、「オーストラリアでソーラーカーレースがあるけど、誰かやらないか」という問いに、手をあげる人がいれば、「やってこい」と送り出します。あらゆる機会を通じて、高い目標を作り、チャレンジをしていく。それが実現すれば、「おお、やった!」という話になり、次のエネルギーになっていくわけです。これは、仕事の場面でも通じることで、自己実現は目標が高ければ高いほど達成感も高くなります。その意識の根底には、レースをやってきて「世界一になりたい」という私たちの思いがありますね。
露木 随分前の話になりますが、Hondaのアイデアコンテストの取材をしたことがあります。仕事の合間に皆さんがチームを作って、いろいろなアイデアを凝らしたクルマを創りあげる。中にはびっくりするようなクルマもありました。しかし、こうしたアイデアが何年か後に製品の中に生かされていくという風土が、やはりHondaならではという感じがしました。
吉野 もちろん企業ですから、すべての人が自分のやりたいことをやるわけにはいきません。しかし、自分が置かれた立場をポジティブに捉える環境を整え、いくらでも自己実現の可能性があることを示していく。そこから、個人の力を引き出しつつ、企業にとってもプラスになることを積極的に展開するのが企業の基本の姿ではないかと思っています。
露木 世の中が混乱状態になったときに、私はときどき司馬遼太郎さんの本を読み返します。司馬さんが書かれた幕末の話の中に、「技術を面白がるところに神が宿る」という文章があります。「神が宿る」というのは司馬さん独特の言い回しですが、技術を面白がって仕事をするところに必ず実りがあるのだと言っているような気がして大変共感しているのです。
吉野 自分の思いや夢が実現されると、それは次の行動のエネルギーになりますからね。夢を原動力にあらゆるチャレンジを続けていくことを世界中で実現することが私の夢です。
露木 その情熱、Hondaの夢といったものは、世界のあらゆる場所でも受け入れられているのですか。
吉野 非常に印象的だったのは、海外駐在したアメリカのオハイオ州にある当時従業員1万人規模の工場で、そこの幹部とHondaの理念、Hondaフィロソフィーについて議論したとき、私たちが持つHondaの遺伝子のような情熱は場所と時間を越えて普遍性があると感じたことです。
露木 早く結論を求めるアメリカですら、Honda精神は受け入れられたわけですね。
吉野 結局、それは個人をベースにした思想であり、世界的に通用するフィロソフィーだということでしょう。

地球的視野でのクルマづくり

インタビュー風景露木 21世紀は「地球的視野」がますます求められる時代になったという気がします。
吉野 昨年末に、WTO(世界貿易機構)に中国、台湾が加盟しました。環境問題の必要性もますます高まっていきますから、「地球的視野」の観点はますます大事になってくると考えています。
露木 12億というあの中国の巨大なマーケットでモータリゼーションが進んでいくと、これは環境の問題、安全の問題をよほど考えないと、それこそ「地球的視野」で大変なことになるように思います。
吉野 そうですが、やはりバイクやクルマは便利ですし、生活の幅を広げるために誰もがほしいものです。ですから、どうしてもバイクやクルマが増える方向にいきます。中国だけでなくインドも、インドネシア、ブラジルといった国々でも増えていくのは間違いありません。
露木 世界中でバイクやクルマの台数が増えていく中で、Hondaの技術を生かした環境に優しい、環境にプラスになるバイクやクルマが是非とも普及してほしいですね。なにしろ中国のモータリゼーションの進み方は早くて、しばらく間を置いてから行きますと、ガラッと変わっています。あの広大な国土をハイウェーが縦横に走るまでにはまだまだ相当年月がかかるかもしれませんが、いずれはそうなるでしょうから。
吉野 アジアの国々では、まだ日本ほどの環境規制も要求もないのですが、すでに私どもは環境に配慮したバイクやクルマを供給しています。
露木 国や地域で環境に対するウエイトは違うものでしょうか。
吉野 たとえば、ヨーロッパは排ガスよりも燃費を重視するところがあります。ヨーロッパでは、フィットをジャズという名前で年初から出していまして、これはかなり評価が高い。ヨーロッパはもともとわりと小さいクルマがポピュラーですし、なにしろ燃費がいいからです。
露木 クルマ選びにも国民性が反映するのですか。
吉野 アメリカは、国土が広くて道が広いわけですから、クルマがなくては生活に不自由する地域が多く、快適性や信頼性を重視します。ヨーロッパは狭い道を走ることが多いので、機動性の高いクルマが好まれます。日本、とくに都会では週末に余暇を過ごすためにクルマが使われることが多いので、実質的なものよりもどちらかというとレジャー性の高いクルマが好まれるようです。
露木 ファッション性志向ですね。
吉野 欧米だと「私はこうだ」と一人ひとりの好みや主張がはっきりしています。一方、日本はみんなが同じ方向にドッと振れるのですが、あまり長続きせずに「次はこれだ」というと、また一斉に同じ方向を向きます。いろいろな変化やニーズがありますから、それに対応できるだけの目標の高いクルマを開発していくしかない。燃費でも、コンセプトに基づく基本的なレイアウトでも、これなら数年先でも大丈夫という高みを設定しないとだめだということです。

「人間尊重」を基本とした安全の取り組み

露木 茂(フジテレビ特別アドバイザー)露木 安全や環境という人間に関するソフトの活動も、目標が高いほどよいと思いますが。
吉野 環境面では、まず第一に、現在使っている技術をさらに磨いて、燃費を高め、排ガスをクリーンにしていくことです。各国でその基準達成の期間を設定していますが、それを何年か必ず前倒しで実現することをめざしています。第二に、燃料電池の実用化です。やはり世界で一番乗りしようということで、2003年の実用化をめざして取り組んでいます。すでに試作車は市販車と同レベルの性能があります。
露木 どういうクルマができるのか楽しみです。相当苦労しておられるのでしょうが。
吉野 苦労はありますが、そういう大義といいますか、社会正義のようなものが絡んだ仕事は非常に燃えますね。特に、環境は終極的には安全につながるところにありますから。命や怪我にかかわる問題は最優先課題です。衝突安全に関する研究も現在、最も力を入れている分野の一つです。
露木 社会のかたちとしては高齢化という問題が出てきているわけですが、高齢化社会に対応する安全策についてもいろいろとお考えなのでしょうか。
吉野 こうした研究を高齢者でも操作しやすいクルマや、疑似高齢者体験などに応用して取り組んでいます。
露木 擬似体験とは鉛の重りをつけたり、腰を曲がらなくしたりとかありますね。
吉野 そうです。クルマにより事故の現実に即した予防安全に貢献するための先進安全研究車の開発も進んでいます。たとえば、夜間や雨天、非常に見えにくい状況で、ドライバーがいち早く歩行者を発見できるよう視認性の向上と的確な情報提供を行なう交通弱者保護研究などです。
露木 クルマに乗るのも人間なら、その横を歩くのも人間です。モータリゼーションとは、こうした人間をいかに大事に扱っていくかということなのでしょうか。
吉野 そうでしょうね。いま歩行者が仮にクルマと衝突したときにもクルマ側があまり大きなダメージを与えないようにする歩行者障害軽減技術をすべてのHonda車への適用を進めつつあります。これは端的にいうと、クルマのボンネットをもっと柔らかくしたり、ボンネットとエンジンの間にクリアランスをもうけ、ボンネットがへこんで衝撃を吸収するといったことです。「人間尊重」を基本に、交通社会におけるすべての人の安全を考え、特に交通弱者といわれる歩行者の安全を追求したクルマづくりを進めています。
露木 海外での安全技術に対する反応はいかがですか?
吉野 ヨーロッパなどでも最近、衝突安全に非常に関心をもってきました。実は昨年、シビックが、歩行者傷害軽減技術が最高だという評価をいただきました。
露木 安全運転普及活動も30年以上続けてこられています。
吉野 私たちの最大の願いは、私たちが開発し、生産したクルマを買っていただいた人たちに不幸になってほしくないということです。お客様は幸せになりたくてクルマを買われているわけです。事故はまさにその反対ですから、私たちのお客様が事故にあわないことが究極の目標です。そのために技術面だけでなくソフト面での安全活動が重要になります。昨年、お客様に安全にクルマをご利用いただくためのアドバイスをするセーフティコーディネーターを四輪販売会社の全拠点に配置しました。それからもう1つ、昨年、安全運転教育用二輪ライディングシミュレーターの進化版と初めての四輪ドライビングシミュレーターを開発・発表しました。このシミュレーターの活用領域を拡大していきたいと考えています。プログラムの工夫によって交通環境をいくらでもシミュレートできて、危険を安全に体験することが可能ですから、たとえば駐車、とくに縦列駐車が苦手な女性向けのプログラムなども組めるわけです。
露木 楽しみながら体験ができて、しかもそれが自然に安全というものが身についていくということですね。
吉野 将来は自分の運転を再現してデータ化して診断ができて、処方箋を取ることも可能になりますので、多くの方に活用していただきたいと考えています。
露木 今はいちばん難しい時代を迎えているという気がします。難しいだけに腕のみせどころといいますか、そういうチャンスが逆に増えているということかもしれません。今日はどうもありがとうございました。
<プロフィール>
吉野浩行
1963年東京大学工学部航空学科卒業後、本田技術研究所入社、77年同取締役就任。81年同朝霞研究所所長。83年本田技研工業取締役、本田技術研究所副社長就任。88年同常務就任、90年同専務就任、92年同副社長就任。94年本田技術研究所社長就任。98年6月本田技研工業社長就任、現在に至る。
露木茂
1963年早稲田大学政治経済学部卒業後、フジテレビ入社。65年より、「ニュースレポート」「スーパータイム(現スーパーニュース)」「報道2001」メインキャスター歴任。2001年よりフジテレビ特別アドバイザー。現在、早稲田大学講師、内閣府専門委員として活躍。2002年4月より東京国際大学国際関係学部教授に就任予定。著書に『情報社会を見る』(学文社)『メディアの社会学』(いなほ書房)など。

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