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「開発責任者が、自分の開発したクルマに乗らなければならないという決まりはないんですけどね」
と言って上原は笑った。しかしHondaでは、情熱を注いで生みだしたクルマのオーナーとなる開発者は多いという。やはり情が移るのだ。Hondaの研究所には、《自分が欲しくなるクルマをつくれ》といった不文律がある。自分が欲しくないものを、人が欲しくなるわけがないというのがその理由。Hondaらしい考えだ。
上原が自らNSXオーナーとなったのは、そうした理由だけではない。NSXの3つの「N」のひとつ、「New communication」のための取り組みの一環としてである。オーナーのみなさんに開発責任者が直接お話を伺うという、これまでにないコミュニケーションに取り組むにあたり、ただの開発責任者としてでは《垣根がある》と上原は考えた。
「オーナーのみなさんと同じ目線で話をするには、自分もオーナーでなければ。そうでなければざっくばらんな、あるいは気持ちの入った話ができない」と。
オーナーのひとりとしてたくさんのNSXオーナーと言葉を交わし、オーナーとともに上原はNSXを進化させてきた。サーキットベストの初代TYPE R、電動パワーステアリングの搭載、インチアップタイヤ、珍しいところでは雨のためのツイントレッドタイヤ、ワインディングベストのTYPE Sなどどれもオーナーのウォンツにも立脚した進化である。そうしたステップがあり、オーナーの想像を超えた走りのよろこびに満ちた2代目NSX-Rが生まれた。NSXは、あくまでも「人」が中心なのだ。
そしてもうひとつ。上原がNSXを所有したのは、オールアルミボディを含めたNSXの耐久性を自らオーナーとして実感したいためだ。
そのため、上原はあえてリフレッシュを行わず、各部の経年変化を見てきた。そして、17年を経た現在、オールアルミボディとエンジンを核としたNSXの耐久性の高さを実感しているのだ。
「アルミボディは30年持ちます。孫の代まで乗れますよ」
というのが上原の口癖だった。今やそれが現実のものとして視野に入ってきたといえる。NSXリフレッシュプランを行えば、耐久性の高いボディとエンジンのおかげで、NSXは生き返るようにリフレッシュされる。
「NSXは、オーナーのみなさんを含め私たちの夢の結晶です。生産を終え、ひとつの時代を終えましたが、ぜひオーナーのみなさんには長く大切に乗っていただきたいと思います。そのために、最後の仕事のひとつとして、私はNSXリフレッシュプランの充実に力を注ぎました」
「何しろ、17年も前のクルマが、今でも元気にサーキットを走れるなんて、これまでのスーパースポーツの世界では考えられなかったことです。NSXのオーナーのみなさんは、世界の自動車史のなかでも、そうした特別なクルマにお乗りなわけです。ぜひ、これからも誇りを持ってNSXを所有していただきたい。もちろん、私も乗り続けます。そしていつか、世界のオーナーが集まる機会があったらいいなと、思っています。NSXに乗り続けながら、NSXを通じてめぐり会った友を大切にしていきたいと思っています。それがこのクルマに携わった、何よりも大きな財産だと思うからです」
上原はそう語り、じっと自身のNSXを見つめた。NSXはこれからも生き続ける。