モータースポーツ > ロードレース世界選手権 > 『最後の王者を目指して』青山博一の挑戦 〜後編〜

『最後の王者を目指して』青山博一の挑戦〜後編〜

パーフェクトウイン

「セパンは大好きなサーキットだけど、レースは走ってみないとどうなるかわからない」第16戦のマレーシアGPを前に、青山はやや慎重な様子でそんなふうに語った。

2008年には気迫の走りでポールポジション、さらに前年の07年にはポール・トゥ・フィニッシュを飾っており、大好きなサーキットというコメントはこれらのリザルトからもはっきりと表れている。にもかかわらず、慎重にならざるを得ないのは、マシンが青山について来ることができるかどうか、という問題を抱えているからだ。ロングストレートを2本持つセパンサーキットのレイアウトは、他メーカーと比べてトップスピードで劣るHondaのマシンにとって不利であることは間違いない。しかし、ラジエーターの水温上昇が、それ以上に大きな不安要素となっていた。高温多湿な環境はただでさえエンジンに厳しい。混戦でラジエーターグリルに風を受けにくいようなレース展開になった場合、選手はライバル勢だけではなく、水温上昇という内なる敵とも戦わなければならない。そうなると、第11戦チェコGPでの苦戦に似た状況、あるいはそれ以上に厳しい戦いを強いられるのは必至だ。

第16戦マレーシアGP
日本から駆けつけたファンたちによって、客席が応援旗で飾られた

しかし、青山は自らの走りでそのような不安をすべて払拭していった。金曜午後のフリープラクティスでトップタイム。土曜午前のフリープラクティス2回目でも、トップタイム。土曜午後の予選では、自身が持つ08年の記録を更新してポールポジションを獲得。見るからに気合いの入った走りで、ここまでのセッションは誰の目にも勢いに乗る青山が有利に見えた。しかし、予選を終了した青山の表情は、これでもまだ納得がいかない、という様子だった。

「タイヤのグリップがあまりよくなくて、タイムも伸びなかった。エンジンにトラブルもあったため、まだ安定して走れていない。明日はそのあたりを改善したい。今日はトップタイムだったけれど、内容はいまいちですね」

前戦のオーストラリアGPが不本意な結果に終わっているだけに、今回こそは完ぺきなレースをする。緊張感にあふれた横顔が、そんな決意を何よりも雄弁に物語っていた。

第16戦マレーシアGP

そして、決勝レースはまさに青山が脳裏に描いていた通りの展開になった。バウティスタは序盤に転倒、青山はシモンセリとバルベラの3台で先頭集団を構成し、何度かトップを入れ替える激しいバトルを繰り広げながら周回を重ねていった。

残り7周で青山はトップに立つ。以後は、ファステストラップを更新しながら引き離しにかかった。「これで7周も持つかな」という思いが脳裏をよぎったものの、一気呵成なスパートは最終ラップまで衰えることなく、完ぺきなレース運びで優勝を飾った。

「レース終盤近くになってシモンセリのタイヤが滑ってきたのを見て、チャンスだと思ってタイムを上げた。前に出るタイミングが早いかなと思ったけれど、踏ん張って踏ん張って、最後は意地でしたね」

「疲れちゃいました」気温31℃、湿度49%という酷暑の中で全20周を走り終えた汗まみれの顔に、ようやく笑顔が浮かんだ。「最後にもうひとレース、気合いです」

第16戦マレーシアGP
第16戦マレーシアGP

青山の6.397秒背後では、シモンセリとバルベラが同着でチェッカーを受けた。写真判定の結果も、同着。最終的には、レース中のベストラップを比較してより速いタイムを記録していたバルベラが2位となり、シモンセリは3位という結果になった。これにより、青山とシモンセリのポイント差は21に広がった。

ウイニングランを終えたパルクフェルメと表彰式で、シモンセリは優勝した青山を素直に称えた。チャンピオンを獲得する難しさを自分でも経験しているだけに、飾り気のないその表現は全力で戦った者同士の爽やかな敬意にあふれていた。

序盤の周回で転倒を喫したバウティスタは、青山とのポイント差が54に広がり、これで完全にチャンピオンの可能性が潰えた。レース後、チームウェアに着替えたバウティスタは、ミーティングが終了すると夕刻を迎える前に足早にサーキットを後にした。

第16戦マレーシアGP

日が暮れて夜になり、パドックの人影もまばらになりはじめた頃、青山はチームスタッフとともに撤収準備にかかっていた。次のレース、第17戦のバレンシアGPは翌々週の開催で1週間のブランクがある。だが、青山は日本にいったん帰国して息抜きをするのではなく、このまま住まいのあるバルセロナに戻って最終戦に備える、と話した。

「やっぱり、緊張しますね」青山は、少し照れたような笑みを浮かべた。絶対に勝たなければならないレースを制し、チャンピオンを手元に引き寄せたことをようやく実感できた、といった表情だ。「全日本のチャンピオンのときも緊張しましたけど……今回は、高校受験のときよりも緊張しますね(笑)」

第16戦マレーシアGP

シーズン4勝目を挙げたマレーシアGPの決勝日10月25日は、青山の28回目の誕生日だった。この日から最終戦までは、28年間の人生で恐らく最高に緊張する日々になるだろう。

残るレースはバレンシア一戦のみ。どのような結果になろうとも、11月8日の決勝日には、青山かシモンセリのいずれかがチャンピオンを獲得する。

2009年11月8日。最後の王者、誕生