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『最後の王者を目指して』青山博一の挑戦〜後編〜

オーストラリアGP、不運の7位

北半球が秋へ向かう頃、南半球は春を迎える。第15戦の舞台フィリップアイランド・サーキットは、メルボルンから150kmほど離れたオーストラリアのほぼ最南端に位置している。海峡の彼方にある南極から、冷たい風が吹き寄せる土地だ。暦の上では春といいながらも、フィリップアイランドはむしろ真冬のような寒い日々が続いていた。日中の気温は14〜15℃。日射しが強いため晴れれば路面温度は上昇するが、それでも最高で約35℃。日本でいえば、11月下旬から12月上旬ようなコンディションだ。

レースウイークの天候も不安定で、土曜午前のフリープラクティスは雨で始まり、やがて路面が乾いていく難しいコンディションでの走行となった。午後の予選もレイン。しばらくすると雨は上がりドライへと変わっていったものの、路面温度が下がってしまったために選手たちは苦戦を強いられるセッションとなった。この予選でポールポジションを獲得したのは、青山のチームメート、ラファエレ・デ・ロサ。シモンセリが2番グリッドにつき、青山は3番手でなんとかフロントローを確保。バウティスタは3列目10番手から決勝を迎える。

予選を終えた青山は、落ち着いた様子で日曜の決勝レースに向けた展望を語った。

「最終的にポールポジションは逃してしまったけれども、フロントロー3番手だし、マシンのセッティングもよくなってきた。とはいっても、まだ100%になっていないので、明日のためにもう少し詰めていきたい部分がある。決勝は思いきり走りたいので、詰めるところを詰めて、いいレースをしたいと思います」

第15戦オーストラリアGP
第15戦オーストラリアGP

昨年のレースでは、青山はトップ争いのできる位置につけておきながら、マシントラブルでリタイアを余儀なくされた苦い記憶がある。それだけに、今年はなんとしてでも最後までトップグループで優勝争いをしたい、という思いがある。

しかし、日曜のレース展開はそんな青山の願いを裏切る結果になった。

3番グリッドからスタートした青山は、高速左コーナーの最終セクションでうまくスピードを乗せることができず、レース序盤で中団グループに飲み込まれてしまう。先頭はシモンセリ。その後を、ランキング4番手のヘクトール・バルベラ(アプリリア)、バウティスタ、デ・ロサが追いかける形でトップグループを構成した。18周目にバウティスタが転倒し、先頭集団は3台になる。この段階で、青山はセカンドグループ7番手を走行していた。そこから青山は順位を回復し始めて集団のトップに立ち、19周目を終了したときには4番手に浮上した。が、その直後に、はるか後方集団で転倒が発生。危険を示す赤旗が掲示されて、レースが中断された。規定周回数の2/3を消化していたため、レギュレーションによりレースは成立扱いとなり、18周終了時の順位がリザルトとして正式に採用された。

第15戦オーストラリアGPP

4番手を走行して、これからというときにレースが終わってしまった不運については、「仕方ないですね」と、青山は不承不承自分を納得させる様子だったものの、優勝したシモンセリがランキング2位に浮上し、12ポイントまで接近してきたことを知ると、「……(点差は)それだけかあ」と苦笑まじりに落胆の色を隠さなかった。

「シモンセリには詰められて、バウティスタとも(29ポイント差とはいえ)あまり開いていないので、いいシチュエーションとはいえないけれど、まだ2戦あるし、やれるだけのことをやって全力で戦っていきます。セパンもバレンシアも、とにかくいけるだけいきます。今日いいレースができていれば、セパンでチャンピオンの可能性もあったかもしれないけれど、ここでつまずいてしまったので、次で決めるのはかなり難しいと思う。今回のように集団に飲まれてしまうとそこからなかなか出られなくなってしまうので、セパンではどんどん前に出て、チャンピオンを決めたいというようなことは一切意識せず、ただ全力で走ります」

2008年マレーシア。選手生命終了の危機