モータースポーツ > 全日本トライアル選手権 > ライバルと繰り広げた激闘 > RIVAL STORY 04
最終戦を前に、小川は3ポイントの差を埋めるためには優勝するしかない状況だったし、黒山選手にしても、「なにがなんでも優勝を狙う」小川に勝たなければチャンピオンを獲得できない状況となった。
こうして、両者は実質的に最終戦で勝った方がチャンピオンになるという天王山を迎えたのである。実力は互角、小川がニューエンジンを手に入れた今シーズンは総合力も互角となれば、中盤2連敗のプレッシャーと、チャンピオン獲得への重圧を乗り越えるのは、小川自身の精神力だったはずだ。
「2連勝のあとに2連敗したという状況は、精神的にかなり厳しいものでした。最終戦に臨むにあたっては、とにかくチャンピオンを意識しないようにしていました。最終戦の前にイベントの仕事が入っていて、(精神的に)辛いからキャンセルしようかとも考えましたが、『普段通りにやろう』と考え直して行くことにしました。大きな励みになったのは、第6戦終了後すぐに、HRCが徹底的にエンスト対策(セッティング変更)をしてくれたことですね。そうやって自分の周囲の雰囲気が盛り上がってくれていたことが、『勝つんだ』という気持ちを後押ししてくれました。2007年や2010年にチャンピオンを獲得したときも同じような感覚でした」
小川は最終戦を前に、「絶対に勝ちます。黒山選手に勝つというのではなく、自分自身に打ち勝ってチャンピオンをとります」と、いつになく力を込めて関係者に語ったという。
1ラップ目の第1セクション。黒山選手と、同じヤマハの野崎史高選手がクリーンにしたが、小川は3点。気持ちがわずかに守りに入って、心身が硬直していたのかもしれない。
第2セクション。小川は1点、対して黒山選手は5点。小川が1点のリードを得るが、野崎選手が1点だったため、トップは3点差で野崎選手。
「今日は序盤からリードしていこうと思っていたので、第1セクションでの3点はマズいなという感じでした。しかし、第2セクションで黒山選手が5点になったのを見て、正直ほっとした。というのは、黒山選手はプレッシャーに弱いところがあって、先行逃げきりのパターンになると手がつけられないが、逆にリードされるのが苦手。だから、前半でリードして、そのままなにがあっても最後までいこうと考えていました」
幼いころからお互いを知り尽くしているからこそ、小川は黒山選手に対して緻密な戦略を立てて臨んだ。
第5セクションで野崎選手が1点、第7セクションで野崎選手と黒山選手が1点。野崎選手のトップは変わらないものの、1点差で小川、2点差で黒山選手が続く。
そして、会場となったスポーツランドSUGO名物の難セクションの第8セクション。岩盤登りの最後のポイントで小川は失敗。対して黒山選手1点、野崎選手5点で通過。この時点でトップは黒山選手の12点。野崎選手が13点、小川が14点となり、順位がめまぐるしく入れ替わる。
第11セクション、小川は足をつき1点。黒山選手との点差が3点に開く。野崎選手はここで5点となりトップ争いから脱落。
2ラップ目、第1セクションをクリーンした小川だが、第2セクションでまたしても1点、第3セクションは5点。黒山選手も同様にここは5点で、点差は変わらず。その後、第7セクションまで2人ともクリーンを続ける。
再び難所の第8セクション。今度は小川がクリーン、黒山選手はよもやの5点。これで順位は逆転し、2点差で小川がトップに立った。リードを許した場面でも、「勝負になるポイントは3つあるから、ばん回するチャンスはある」と小川は思っていた。
対して黒山選手は「出だしの第2セクションで減点5となり波に乗れないままだったが、1ラップ目の第8セクションで小川選手をリードできた。そのままいく予定だったが、2ラップ目の第8セクションの減点5で逆転されたのが敗因」とコメントしているので、展開はほぼ小川の思惑通りだったといえる。
なにしろ序盤のせめぎ合いでは有利に思えた黒山選手だが、この失敗でプレッシャーが一気に増したのか体力の消耗も激しく、サポートする父親の指示で競技途中に酸素吸引する場面もあったほどだ。
逆に序盤こそミスをしたが、黒山選手の失敗で「ほっとした」という小川は、リラックスできたのかもしれない。その後、第12セクションまでは両者ともクリーンを続け、12セクション×2ラップの勝負は小川が2点差を守りきり、勝敗は残る2つのスペシャルセクションに持ち込まれた。
1つ目は、土の斜面を上って短い助走から岩肌を登る難セクション。トライするライダーが次々に落とされていくが、小川はここを丁寧かつ慎重にトライして見事にクリーン。黒山選手はここで1点、その点差は3点に広がった。
2つ目はクリーンが容易なセクションであったが、黒山選手がクリーンで小川が2点なら同点となり、クリーン数が多くなる黒山選手が勝利となる。しかし、「スペシャルセクションで小川選手が失敗することはないと思っていた」と黒山選手が振り返るように、勝負はすでに決まっていた。
小川はクリーンか減点1点でここを抜ければいい。いつになく落ち着いて丁寧にセクションを攻略。そしてクリーンが決まった瞬間、3年ぶり3度目の全日本チャンピオンをつかみとったのである。
シーズン初戦こそ不安定な戦いだったが、そのあとの戦いはまさに実力拮抗のシーソーゲームであり、最後の最後まで接戦を続けた2人。そして、小川は最終戦で今シーズン初めて減点数、クリーン数ともに黒山選手を上回ったのである。
「最終戦ではすごいプレッシャーを感じていましたが、身体は自分のイメージ通りに動くし、景色がいつもより鮮明に見えていたと思います。しかし(それは意識の純度が上がった“ノレている”状態であるが)、序盤で失敗したことがそのあとのライディングに響いていましたので、気分転換するためにリマインダーとの会話の内容を変えるとか、チームスタッフを周囲の観客の中から探し出すとか、普段はしないことをして、精神的なコンディション調整を図ったことで、中盤以降にばん回することができたと思います」
こうして、最終戦で自分が不利に思われていた一騎打ちを制し、小川は完ぺきな勝利を収めたのである。このような達人同士のすばらしい戦いでつかんだチャンピオンだからこそ、その価値は一層大きなものであるはずだ。
「とにかく、今年はニューマシンの登場が大きなモチベーションであり、これで勝つことが目標の一つでした。特に自分は目標を持たないとすごい勢いで成績が落ちる傾向にあります。まさに昨年がそういう状態でした。それと、常に新しいモノを取り入れようと考えており、がむしゃらになにかをやるのではなく、練習を工夫したり、ケガをしないようなトレーニングを考えたりしています。なにをするにも、自分自身の成長を続けることが大切だと思っていますし、(スポーツでは高齢と思われる37歳になった現在でも)いまだ衰えている感じはありません。むしろ、昔よりライディングはうまくなっている(笑)。トライアルの拡大や、自分たちに続く若手ライダーを育むような環境づくりなどを踏まえて、“分かりやすい夢”を創造することなど、やりたいこと、やるべきことは、まだまだあります。そのためにもまずは来年2連覇を目指して、新しい目標を早く見つけたいですね」
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○小川友幸 総減点21、クリーン数19
●黒山健一 総減点24、クリーン数18