レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦

3 “奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき

“奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき

この人のために、勝ちたい

東北・SUGO大会 小川友幸

東北・SUGO大会 小川友幸

―黒山選手の6連覇を阻止するかたちで、小川選手が初めてチャンピオンになったのは2007年のこと。その3年後の2010年に2度目の王座。さらに3年後の2013年からの6連覇となりましたが、「もっと早く6連覇するかと思っていた」という声もある反面、チャンピオンになる以前からの長年の積み重ねがあってこそ、6連覇達成につながったのではないかと思います。

Gatti 僕の場合は、たぶんそうですね。技量は、国際A級1年目の1993年からチャンピオンが取れたと思います。結果はパスカル・クトゥリエ(ヤマハ)がチャンピオンで、僕はランキング2位でしたが。勝てる実力はあったと思いますが、得意不得意があって。メンタルが完全に弱かったですね。よくも悪くも、いいペースで来ていたので、勝つための努力をやってなかった。乗っていたら、その位置に来たという感じで。当然、練習やトレーニングはしていました。感覚的には、世界選手権での挫折(注・1995年と1996年はベータのマシンで世界に挑戦。1年目は最終戦で最高10位、ランキングは18位。2年目は最高4位、ランキング15位)と、日本での低迷があったので。2002年からHondaに移籍して、2007年(初タイトル)に勝てる環境ができるまで、なんとなくやっていたという感覚でした。それが、背負うものができた。自分が勝ちたいだけでなく、『この人のために、勝ちたい』と思いようになりました。HRCの担当者だった西畑晴央さんは、ご本人もトライアルをするほど好きでしたし。『結果を出したい。マシンも売りたい』と理にかなっている考えで、僕が勝てる環境作りに愛情を注いでくれたので、すごく感謝しています。そういう方がいっぱいいてくださって、6連覇につながりました。
Gatti Hondaに移る前も、ブラック団から、世界選手権の挫折後はチーム・アズーロに入れていただきました。そこからまたTEAM MITANIに移籍するまで、常にだれかがいてくれました。これまでの、いくつもの転機に、その都度いろいろな方々に力になっていただきました。勝てなくても、『なにやっとんだ』と説教するという方は、一人もいなかったですね。ずっと2位に低迷していて、内心は勝ってくれと思われていたかと思いますが。だれ一人言わなかったし、見守り続けてくれる方が多かったですね。『勝て』という意見をした方はいないので、レース結果に関しては任せられていた気がします。それに気づいて、自分から『この人のためにも』と、もっと力を出しやすい状態になりました。勝てる環境を与えてくれたことに対して、どう応えたらいいか、自分で考えました。皆さんがいてくれたから、今の自分があります。

最近は、80%まで調子が戻っています

東北・SUGO大会 小川友幸

―それにしても、最終戦の圧勝は、“ダブルスコア”(注・1位小川の減点16に対し、2位野崎は減点34と倍以上の差がついた)という言葉では足りませんね。2、3ラップ目はそれぞれ減点1と、まさに“神がかり”的な強さで、見ていて余裕も感じられました。足のケガはだいぶ回復されたようですが、本来の何%くらい調子が戻ってきているのでしょうか。

Gatti 最終戦の状態は、今シーズンのベストですね。開幕戦(3月11日)の前に右足首のじん帯を損傷して、松葉杖からスタートしてからだいぶ時間が経ちました。最低でも半年かかると言われていましたから、予定通りかな。もっと早く今の状態になればよかったのですが、無理矢理に練習したりして、長引くこともしましたから。日薬(日にち薬)と言うように、時間が経たないと治りません。最近はたぶん80%まで戻っていると思います。

プレッシャーを力に変える方法とは?

―「最終戦までタイトルが決まらず、ものすごく緊張したが、それを力に変えた」ということでしたが。どのようにして、プレッシャーを力に変えたのか、詳しく教えていただけますか。

Gatti もちろん自分の中で6連覇したいと思っていました。周りからも言われ続けていて。前日はもちろん、もっと前からも。当日も、レース中も。それが使命と思うので、仕方ないです。それをすごく気にして、落ち込んでいたらダメですから。前夜も仲間と一緒にいて、ワーと盛り上がるおもしろい話もしていたのですが、僕はグワッと入ることはなかった。いつもと違う雰囲気なのは、自分も分かっていて。話を聞きながら、テレビを見ながら、明日のセクションのことを考えたり。常に頭を巡っている、不安でいるのが自分で分かっているので、そこからコントロールし始めてましたね。

東北・SUGO大会 小川友幸(右)

Gatti 当日はいろいろな人が来て、大会が始まって、ライバルの減点も把握しながら走っていました。野崎選手はホームグラウンドっぽい感じで、応援もすごかった。『あ~人気があっていいなぁ~~。自分も応援してもらえるよう、もっとカッコよくクリーン目指そう!』。自分で気持ちを修正することを意識しながら、セクションに入るときに集中します。自分でもビックリするくらい、メンタルを修正しながら戦ってました。僕のファンの応援も、野崎選手の応援も聞こえてきますから。僕の雰囲気を感じて、黒山選手も『今日は感じ違うし』とか言ってきて。『そりゃあオレも緊張するし(笑)』と応えたり。その状態を認識して修正して、セクションでベストを出す。それは簡単ではなかったですね。これまでに、最終戦で結構ボロボロになって惨敗した経験があって、いかにすればそうならないかを考えました。精神的に、気持ちがフラットになりすぎると力抜けするので、適度なプレッシャーと緊張感が大事ですね。それは、これまでの経験で分かっています。
Gatti セクションのレベル的には、例年より難易度が上がったところが少しありました。ただオールクリーンは普段の練習からも、可能だと思います。これは無理、というセクションはなかったです。でも、ワンミスで5点になりやすいセクションが4カ所くらいありましたけど。あのプレッシャーと緊張感の中で、パーフェクトに近い走りを出せました。そんなしょっちゅうできるものではないので、“奇跡”に近いでしょうね。もう1回やれと言われても、簡単ではないと思います。確かに、『奇跡は創り出せる』と思います。

東北・SUGO大会 小川友幸(前列左から2人目)

―プレッシャーと緊張感の違いは?

Gatti プレッシャーと緊張感は近いものがありますが、プレッシャーは基本的にはマイナスですね。プレッシャーを味わうと、『勝たなきゃ』とか、追い込まれる。緊張感はプレッシャーのような要素もありますが、力に変えられる。たとえば練習では、1点つこうが平気ですよね。それが試合だと、『足を着いたらダメ』という意識がありますから。それが適度な緊張を生んで、たとえ1点ついても『これ以上は意地でも着いたらダメ』という思いがあって、1点にとどまる。その緊張がありすぎるとダメですし、それが難しいところです。僕の場合は、フラットな状態だと力が抜けすぎになり、脆いですから。それよりも適度に緊張するようにしています。

最後は“人間性”の戦い

―その昔、世界選手権で戦っていた成田匠さん(注・1992年、ベータに乗り、日本人として初めて世界選手権で3位を獲得して表彰台に立った。レース最高位は2位。最高ランキング5位は当時の日本人最高記録だった)から、世界チャンピオンとなるには、「最後は人間性がものをいう」というような話を聞いた覚えがあります。

Gatti それは、もちろんですね。仲間がいないとがんばれないですから。トライアルは個人スポーツですが、応援してくれる人がいて。チームの仲間のように身内になるほど親密に動いてくれますから。そういう環境を作るのは自分自身だと思います。自分も惜しみなく普段から接しているつもりです。応援してもらうためには、どうしたらいいのか。思いつきではできませんから、年単位で、何十年と積み上げてきて。最終戦のスペシャルセクションでサポートしてくれた村田慎示さんも、もう10歳のころからの30年以上の付き合いで、そのころから築きあげてるのですごく信頼できる。それが力になるし、ありがたいです。そういうのがないと、継続することを含めて、連覇はもちろん勝てないでしょうね。

―最後に、6連覇を支えてくれたものを、一言で表すなら?

Gatti “縁の下の力持ち”ですかね。支えてくれる人がいっぱいいたから、達成できました。人も、道具も、全部ですよ。それが一つでも欠けると、たぶん厳しいと思います。それがまた、“奇跡”に近い走りにつながったと思います。

東北・SUGO大会 小川友幸(中央)

東北・SUGO大会 小川友幸(後列左から2人目)

 最終戦の表彰式。シャンパンファイトでは、15歳のルーキーにして最終戦6位・ランキングも6位に躍り出た、氏川政哉(ガスガス)が集中砲火を浴びた。アシスタントを務める兄の氏川湧雅とともに、藤波貴久の甥にあたる。集中砲火を浴びせた小川や黒山らにとっても、さしづめ「血のつながらない甥」と言えるかもしれない。ともあれ、次世代のチャンピオン候補も台頭してきており、小川の7連覇がさらに簡単ではなくなるであろうことは想像に難くない。

 ともあれ、心技体を磨き高め続けてきた結果として、小川は2018年の最終戦をこれ以上ないほどのいいかたちで締めくくった。“ガッチ”のガッツポーズが、秋晴れの空に、天高く舞い上がったのだった。

レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦