“レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦

3 “奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき

“奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき
「奇跡に近い」と、小川友幸自身が語る。今季ベストのライディングが最高の結果をもたらし、その瞬間はやってきた。TEAM MITANIの面々が空中に放り上げた小川は、自身の身体でVサインを表現するかのように、史上初の6連覇達成の喜びを爆発させた。「僕を支えてくれたものを、一言で表すなら、“縁の下の力持ち”ですかね。支えてくれる人がいっぱいいたから、達成できた。人、道具、全部ですよ。それが一つでも欠けると、たぶん厳しいと思います」と、小川はすべてに感謝した。なに一つ欠かせない、その一つひとつが全部そろってこそ、“奇跡”が生まれたのだ。

あわやろっ骨骨折、まさかの3位

中国大会 小川友幸

 全7戦が組まれた「2018全日本トライアル選手権」の折り返し点となる第4戦北海道大会(7月15日/わっさむサーキット)で今季2勝目を獲得、ポイントランキングも再び首位に返り咲いた小川だったが、ここまでの4戦がすべて苦しい戦いの連続だった。そして、そのあとも厳しい展開は続くことになるのだが、とりわけ大きなピンチに立たされたのが第5戦中国大会(9月2日/広島県・灰塚ダムトライアルパーク)。小川は1ラップ目の第7セクション、斜めに立てかけられた大きなヒューム管の開口部から上がるところでタイミングを逸し、開口部の角に胸を強打。しばらく動けないほどの痛みに苦しむ小川の姿は、ろっ骨骨折の危機をもうかがわせた。しかし骨折はなかったようで、競技に復帰した。とはいえ減点5となる失敗で、1ラップ目はライバルの野崎史高(ヤマハ)や黒山健一(ヤマハ)に大きなリードを許すことになった。続く2、3ラップ目はともにオールクリーン(注・8つあるセクション(採点区間)をすべてクリーン(減点0)で走破すること)まであと一歩の減点2や減点3で追い上げたが、野崎は2ラップ目に、黒山は3ラップ目にオールクリーンして、小川の追撃を阻んだ。8セクションを3ラップしたあと、最後に用意された2つのスペシャルセクションの2つ目(SSの最終セクション)は、野崎と黒山がともに失敗して減点5となったところを、小川は足着き1回のみの減点1でこなし、土壇場で一気に4点の差を詰めた。だが、野崎が逃げきって今季2勝目。黒山が2位。小川は黒山と1点差で惜しくも3位。この結果、ポイントランキングは野崎が小川と同ポイントに追いつき、最も近い大会で優勝した野崎がランキング1位。小川は同2位となった。

ーこの第5戦について、小川は次のように振り返ってくれた。

Gatti ヒューム管で胸を打って、その一瞬だけ息ができなくて苦しかったのですが、打身ですみました。とっさに手でヒューム管を押さえて、その手に胸が当たったのです。自分が“乗れているな”と思うときは、自分でバイクを操っている感覚があります。開幕戦の前に痛めた足の状態もよくなってきていたので、第5戦は減点5となる失敗が多かったので負けてしまったけれど、イージーミスでの負けでした。乗れていない、調子が悪い、という感覚ではなかったです。

中国大会 小川友幸

「デ・ナシオン」で、ケガ続出

 第5戦の3週間後、小川は中央ヨーロッパのチェコ共和国にいた。藤波貴久(Repsol Honda Team)や黒山(ヤマハ)とともに日本代表選手の一人に選ばれた小川は、「トライアル・デ・ナシオン」(国別対抗戦/チームトライアル世界選手権)に参戦する日本チームの一員として世界に挑むときを迎えていた。昨年の日本チームは3位、おととしは2位と、藤波・小川・黒山の黄金トリオが力を合わせて戦い、表彰台の常連となる大活躍を続けてきた。そして今年、エース藤波が率いる日本チームはなんと予選でトップに躍り出た。予選1番手は決勝で最後にスタートすることができるため、先に出走した常勝国スペイン代表チームのライディングや走行ラインを参考にしたり、減点を踏まえた作戦が立てられる。例えばスペインチームの減点が仮に3点ならば、日本チームはなんとかして2点に抑えれば、1点差で勝てる計算が立つ。ところが、今回はセクションの難易度が高く、しかも雨が降って路面状態が悪化したため、さらに難易度が増し、セクションを走る順番を待つ渋滞も発生。与えられた持ち時間を越えれば、タイムオーバーの減点が加算されてしまう。最後尾からのスタートが、裏目に出るかたちとなったようだ。悪天候の中、藤波がヒザを切って、ゴール後、病院で縫わなければならない負傷を負う。黒山もクラッシュして、ヒザのケガに襲われてしまった。小川も全く無事なわけではなかったが、選手をサポートするアシスタントやチームマネージャーたちの懸命なバックアップもあり、日本チームは完走。結果はタイムオーバーの減点が響き、4位。黄金トリオが3位までの表彰台を初めて逃すこととなった。この結果に、選手たちはリベンジを誓う。日本から遠くヨーロッパへの参戦は費用的にも厳しいものがあり、全日本の会場ではデ・ナシオン参戦に向けての応援募金が行われている。余裕はない体制のもと、負傷やマシントラブルなどのアクシデントが続いた中で、日本チームは大健闘したのだった。

トライアル・デ・ナシオン 日本代表チーム(小川友幸、黒山健一、藤波貴久)

トライアル・デ・ナシオン 小川友幸

 写真の1枚、スタート台の上で手を重ね合わせている3人は、左から小川、黒山、藤波。もう1枚は雨の中、難セクションに挑む小川。その左で小川をサポートしている緑のゼッケン8は、黒山の弟でアシスタントの黒山二郎。また、小川の右下で見守っている緑のゼッケン7は藤波のアシスタントであるスペイン人のカルロス・バルネダ・ロマンス。ここにはメーカーの枠や国籍を超えて協力し合う姿が映し出されている。なお、二郎の左で右腕を上げているオレンジ色のゼッケン11の女性はライダーの走りを採点するオブザーバー(審判員)で、その右手の握りしめた拳はクリーン(減点0)を意味する。たとえば小川が足を1回着くと減点1で、指を1本立てるという、減点の表示方法だ。(写真は2点とも「トライアルプレス会」提供)

―このデ・ナシオンでの戦いを、小川は次のように話してくれた。

Gatti 大会の前々日にセクションを下見したときは、天気が晴れた場合の設定で、そのときからかなり難しかった。仮に失敗したら、バイクをぶっ壊すような、かなりの難易度でした。前日は雨の予報になってセクションの難易度は少し抑えられたけれど、それでもすべてが全日本のスペシャルセクションみたいな感じで難しかった。僕はヒザの打身があったけれど、一週間くらいで痛みがおさまりました。セクションが難しいとケガをするというよりも、自然の地形の中で足場が悪いとか、極端に滑るとか。転倒した場合にも逃げ場がないというか、着いた足が滑るような状況が、ケガにつながると思います。

 ちなみに、世界で活躍中の藤波、全日本でタイトルを競ってきた小川と黒山は、もとは3人とも同じチーム、「ブラック団」(注・黒山健一の父親であり、1976年と81年の全日本トライアルチャンピオンでもある黒山一郎さんが、才能のある子どもたちを集めてヨーロッパに遠征した。3人に加えて、野崎も同様)の仲間同志。それぞれ自転車で世界チャンピオンとなった幼少期から世界の現場で過ごし、「僕らは血のつながらない兄弟のようなもの」(藤波)というほど。その中でも兄貴分の小川は、“ガッチ”の愛称で親しまれている。彼らの仲のよさが、一致団結したときに、より大きな力となる。その力が、世界で日本をトップクラスまで引き上げてきた。

いよいよ追い込まれた、第6戦中部大会

中部大会 小川友幸(#1)

中部大会 小川友幸

 デ・ナシオンから2週間後、全日本トライアル第6戦中部大会は10月7日、愛知県のキョウセイドライバーランドで行われた。次の第7戦(最終戦)を含めて、残り2戦しかない。第5戦で野崎に敗れた小川にとっては、もしも野崎に連敗すると、タイトル争いはいよいよ苦しくなってくる。絶対に負けられない大会、その正念場を、10月4日に42歳になったばかりの小川は、地元の中部で迎えることになった。競技は4時間30分の持ち時間で10セクションを2ラップしたあと、上位10名が2つのスペシャルセクション(SS)に挑む。当日は台風一過の晴天となり、1ラップ目からトップに立った小川が、2ラップ目も黒山や野崎らの追撃を退けた。そして、SSも逃げきった小川が今季3勝目を獲得。ポイントランキングでも野崎を逆転して再びトップに返り咲き、史上初の6連覇に向けての好ポジションを奪取した。とはいえ、まだまだどうなるか分からない。小川と野崎との差は、3ポイント。次の最終戦でもしも野崎が勝って小川は2位となった場合、両者は同ポイントに並び、ルールによって最も近い大会で勝った野崎が上位となる。つまり、小川か野崎、最終戦で勝った方がチャンピオンとなる状況だった。

―この第6戦のゴール後、小川は次のようにコメントした。

Gatti 負けるとかなり追い込まれましたが、勝って流れを自分の方に持ってくることができました。内容的にはミスがあり、負けパターンだったが、腐らずに、クリーンを取ることに徹しました。ランキングトップでも、もう1回勝たなければならない。勝って6連覇を達成したい。

決戦を前に、まだ本調子ではなかった。

中部大会 小川友幸

―最終戦の前、第6戦について改めて小川に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

Gatti 第6戦は乗れていたんですが、ポカミスやチョン足、減点5もありました。ポカミスやチョン足が出ているときは、粘れていない、という感覚です。それに対して、減点5は、たまたまタイミングがずれてクリーン(減点0)が減点5になってしまったという感覚で。ポカミスとは、感覚が違います。減点1や減点2が、結構あったんですね。“綺麗に走れた”という感覚が、一日を通してなかった。ちょっとミスして足を着くとかが、調子がいいときはないですから。1点とか2点が多いときは、乗れている感覚がなくて。5点があるときの方が、乗れている感覚があります。成績と矛盾しますが、負けた第5戦の方が第6戦よりも乗れている感覚がありました。

―また、小川のライディングには、流れるような美しさがある。今日の全日本トライアルは基本的には「ストップ&ゴー」、つまりセクション中の難しいポイントの前でいったん止まって態勢を整えて、そこからまた走り出すというスタイルが一般的になっている。小川もそれが基本だが、ときには止まらずに一気に走破していく。さらに、“合わせ技、世界一”とも評されたように、路面の起伏などに合わせて絶妙にマシンをコントロールしていく。そのライディングスタイルもまた、小川の強みであり魅力だ。この点についても、本人に聞いてみた。

Gatti あえて止まることもありますが、それよりも一直線で行った方がいい場合もあります。自分のライディングスタイルということもありますし。当然、セクションのコースによって、リスクがあるかないかで決めます。一直線で行くと、一つ引っかかったら5点になることがあるので。リスクをなるべく避けるライディングで、安全パイで行くのが最近の全日本ですね。それとリンクしていますが、セクションの中で止まって刻んでいくと時間がなくなるというリスクもあるので、これもケースバイケースです。行ける自信があるときは一直線で行くので、そうですね、この走りが見られたときは自信の表れと思っていただいてもいいかもしれません(笑)。

中部大会 小川友幸(左)

レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦