レジェンド 小川友幸 Gatti - 全日本史上初6連覇への挑戦

3 “奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき

“奇跡に近い”強さが生んだ、歓喜のとき

SUGOでは、なぜか勝てない?

 さて問題は、最終戦(10月21日)の会場が宮城県・スポーツランドSUGOだということだった。小川は昨年までの過去4年間、SUGOでは一度も勝てていない。最後に勝ったのは5年前、今から見れば6連覇を目指す始まりとなる2013年に最終戦SUGOで勝って黒山を逆転、チャンピオンを決めたのだった。このときは黒山か小川の、勝った方が王者となる状況だった。そこで勝利した小川だが、そのあとは最終戦のSUGOに限っては3位・2位・3位・3位と、なかなか勝てないでいた。この間、黒山は4回中3回勝っていてSUGOに強いと言えるが、黒山自身はその点について「たまたまですよ」と語っていた。一方、4回中1回勝った野崎の場合は「SUGOは得意な会場」と認めている。事実、野崎は通算7勝している。そのうち3勝は最終戦SUGOで、初優勝したのも2004年最終戦SUGOだった。加えて、東北で長年スクール活動を続けてきた野崎には生徒が多く、野崎を応援する応援団も強力だ。野崎自身、「東北は第二の故郷」という。野崎を慕う人々の熱い応援が、野崎の自信を高め、パフォーマンスを最大限に発揮させる可能性は十分あった。

 小川本人はこれまで、なぜか勝てないSUGOに、「最終戦で勝てなくて悔しい」「最後に勝って気持ちよくチャンピオンになりたい」という思いがあった。その思いが積み重なって、再び迎えた最終戦SUGOを、どのように戦うのだろうか。

―大会の前に、小川が胸の内を明かしてくれた。

Gatti 最終戦へのプレッシャーは、第5戦くらいから感じていました。第5戦はきっちり走って勝って、優勝を決めたいという意識があったので、プレッシャーはより強かったですけど。例年よりも早くプレッシャーを感じたのは、それまでのタイトル争いが競り合ってしまっていたということでしょうね。やっぱり勝って決めた方が気持ちいいので、毎年毎年狙って、それを言葉にして戦っていましたが、実際は勝てないでいたので。今年はそこまで考えずに、結果はもちろん優勝を目指しますが、自分のライディングスタイルで、その場その場で勝つための方法を判断して、その積み重ねで、結果として勝てればと思っています。
Gatti 確かに、これまで毎年、最後に綺麗に勝てないレースが多いですからね。SUGOは、結構神経戦になりやすいですから。クリーンするセクションが多いので、ワンミスで終わりというプレッシャーがあります。スペシャルセクションの大きなタイヤも、結構失敗する率が高いですね。狙いすぎるとか、原因は分かっています。タイヤがバウンドして、自分のライディングスタイルでは後輪を当てすぎて、逆におつりがくる。そのへんを調整すれば、問題なくいけると思います。
Gatti これまで5連覇してきたことは、確かに自信になっています。けれど結局は、大会によって、毎回毎回違いますから。勝利の方程式はあってないようなもの、方程式に当てはまらないことが多いですね。常に変わっているのがレースですから。いくつか方程式を用意しておいて、そのときの自分の技量やメンタル、試合状況によって、正解に当てはめていく。プレッシャーを感じすぎてはダメですが、適度にプレッシャーを感じてやっていけば、それで勝てると思います。

土壇場で出した底力

東北・SUGO大会 小川友幸

東北・SUGO大会 小川友幸

 ついに迎えた最終戦、当日は秋晴れの青空が広がったが、前日降った雨により路面は滑りやすくなっていた。競技は4時間30分の持ち時間で8セクションを3ラップしたあと、上位10名が2つのSSに挑む。1ラップ目の小川は、黒山と接戦を展開。1ラップ目を終えた時点で、小川と黒山は同じ9点で同点だったが、クリーンした数が一つ多い小川がトップに立った。野崎は15点と出遅れていた。そして2ラップ目、黒山が11点、野崎も13点となかなか減点を減らせない中、小川はなんとわずか1点で走破した。さらに3ラップ目も、黒山10点、野崎6点に対して、小川はまたも1点にまとめてしまう。あわやパーフェクトに近い神がかり的な強さを発揮した小川が、黒山や野崎らを大きく突き放し、SSを待たずに今季4勝目を決定づけた。驚異的な圧勝で有終の美を飾るとともに、史上初の6連覇を達成、通算8度目のチャンピオンを獲得した。小川の最終戦での優勝は、5年ぶりだった。

 ゴール直後のインタビューでは、

Gatti 最終戦までタイトルが決まらず、ものすごく緊張しましたが、それを理解して攻めるライディングに変えました。自分でも、プレッシャーによく打ち勝ったなと思います。たくさんの応援が力になり、最後まで集中できました。1ラップ目に5点を一つ取りましたが、それ以外はパーフェクトに近い走りで集中できたと思います。それはすごく自信になりましたね。昨年のように一つのミスで最終戦に勝てないということは、絶対にしたくなかったですから。バイクのセッティングも、セクションを攻略できるようにしてきたのがよかったです。勝ってタイトルを決めることができて最高ですね。6連覇はロードレースやモトクロスでもだれも成し遂げていなかったことなので、達成できてホッとしています。最終戦での圧勝は自信になり、来年につながります。まだまだいけるのかなとは思っています。

 と会心の笑顔を見せる小川だった。

やっぱり、“持っている”

 6連覇の興奮冷めやらぬ最終戦の翌々日、少し気持ちが落ち着いたかもしれない最強チャンピオン小川友幸に、改めてインタビューさせていただいた。

―改めて、おめでとうございます。この連載を最高のかたちで完結させていただけること、本当にありがとうございます。早速ですが、最終戦の胴上げ写真を見て、自画自賛になりますがイメージした以上の出来栄えに驚きました。胴上げをする皆さんの手を離れる瞬間から、少し空中に上がった瞬間、さらに高く舞う瞬間まで、連写した写真のどの瞬間もきっちりとカメラ目線になっていて、さすがの動体視力だなと思いました。ほかに胴上げされた方の顔が引きつっていたのに比べても、一番高く上がったところで余裕の笑顔。しかもビックリしたのは、ほかの写真のほとんどが顔にちょっと影がかかっていたり、一番高く上がる一瞬前の写真はブーツが顔に少しかかっていたのですが。一番高く上がったところでは体を左に少しひねるかたちでブーツが邪魔にならず、太陽の光もよりしっかりと当たる位置に来ていました。これを意識してされていたのなら、想像を超える身体能力の高さを感じます。たまたまそうなったとしても、意識せずに、まるで自動調整のようにできるのか。一番大事なところで、一番イイかたちを作り出せるのは、やはり“持っている”と思いました。

小川友幸

Gatti さすがにそこまでは意識していませんでした(笑)。けれど、『カメラは絶対に見ておこう』と思ってました。身体を上に投げられたタイミングでひねられていたとしたら、空中では戻せないですから。動体視力については、バイクに乗っていて弱くなったと体感することはないので、そういう感覚はないですね。最近は、針の穴に糸を通す仕草とか、あまり近づくと見にくいとか、『これが老眼か?』と思うことはありますが。暗いところで見えにくい、ということは全くないです。

東北・SUGO大会 小川友幸

東北・SUGO大会 小川友幸(左)

6連覇を支えた、裕大さんと千秋さん

東北・SUGO大会 小川友幸

東北・SUGO大会 小川友幸

―最終戦の表彰式で6連覇の記念撮影をする際に、「ゆうだい!」と競技でアシスタントをされてきた田中裕大さんを壇上に呼び寄せて一緒に写真を撮ってもらっていたのが印象的でした。裕大さんがいて、これまでで最も助かったと思うことは?

Gatti 常に思うのは、本人もアシスタントとして勝つためにちゃんと努力をし続けていることを感じる、ということです。ライダーのように縁起を担ぐこともありますし、プレッシャーも感じていると思います。競技中に、どのタイミングで僕に声をかけるか。気付いたことを、言うかどうか。言ってなくて失敗したら、次は言って成功させるとか。常に成長していますし、変化しています。パートナーとして最高ですね。痒い所に手が届く、という感じで、とても感謝しています。

東北・SUGO大会 (写真右から)小川友幸、田中裕大

―最終戦の表彰式後、田中裕大さん自身は次のように話してくれた。

田中裕大「表彰式で小川さんから壇上に呼ばれたときは、うれしかったですね。13年間、一緒にやらせてもらっているので。(チャンピオンを)8回取れましたし。当初は黒山選手に遅れをとっていたので、せめて黒山選手と五分の回数くらいはいってほしいなと思っていました。11回は難しくて遠いと思いますけど。1回目は連続チャンピオンも取れなかったので、2014年に連覇できてから試合の流れをつかめるようになって、試合運びとかもだいぶ変わってきました。勝てない試合もありましたけど、チャンピオンを取るにはどうしたらいいかという流れが、チーム的にも流れを作れるようになったので、それが今の6連覇につながったような気がします。

今回は野崎選手だけを意識して、小川さんはチャンピオン経験が結構あるので、自信を持っていこうと。それに対してみんなでバックアップするからと、小川さんを支える感じでがんばりました。セクションを走っていてうまくいったときなどに小川さんに声をかけるのは、ヨーロッパのアシスタントがそうやっていて、それによってライダー側もテンション上がると思うし、自分も『会心の出来や』という気持ちを共有できる気がします。ほかのスポーツでも、声を出した方が喝が入ると思うので。それで僕が付いた2006年の新潟大会で初めて優勝したときから声を出すようにしていて、それからアシスタントも変わっていかなあかんなと。微々たる変化ですけど、自分の中では変化をつけてやっているのが、今のところいい方に向いているのかなと思います。今は全日本チャンピオンを支えているという立場が、一番自分のモチベーションとかプライドになっています。小川選手とともに戦えていることを誇りに思ってやっています。今はとりあえずホッとした感じですが、ここに満足せず、連続記録も伸ばして回数も増やしていけるように、スタッフや応援してくれる皆さんとともに小川選手をバックアップできればと思います」

東北・SUGO大会 小川友幸

東北・SUGO大会 小川友幸(右)

―お父さんの千秋さん(70歳)も、欠かせない存在ですよね。

Gatti やはり父の存在は大きいですね。マシンの整備もそうですし、普段の練習でのアシスタントはいまだに父です。自分は行って乗るだけで、バイクは父に任せっきりなので。洗車したら父にバイクを渡して、あとは全部してもらっています。練習は山に行って、危険なところに上がったり。アシスタントも激しいところにいくので、父も当然危ないですが。それがなければ、全日本参戦もできなければ、結果も出せないでしょうね。たいへんだけどやってもらっています。

―これだけすばらしい活躍をされるには、ご家庭も安定していて奥様やお子さんの応援もあってこそと思いますが、会場ではお見かけしませんね。

Gatti 来てもらっても、あまりかまえないですし。してもらうこともないので、居てもらうと何をしているのか気になるし。僕の場合は、家族を会場に連れてきたいタイプではないですね。家で普通に居てくれた方が、大会のことに集中できます。もちろん、感謝しています。

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