
栃木県が実施した渋滞対策が評価され、インフラDX大賞を受賞しました。
ICTやAI技術の活用においてHondaが支援したこの取り組みについて、栃木県の小林様にインタビューを実施。国内案件を担当する荻野も交えながら、Honda車の走行データを用いた交通量の平準化などをどのように進めていったのかをうかがいました。

小林 正孝氏
栃木県 県土整備部
交通政策課 公共交通担当
LRTチーム 主査

荻野 剛至
本田技研工業株式会社
電動事業開発本部 SDV事業開発統括部
SDV戦略・企画部 UX戦略課
アシスタントチーフエンジニア
芳賀・宇都宮地域交通対策協議会における渋滞対策の必要性
これまでの経緯と取り組みについて教えてください。

栃木県では、芳賀町に2つの大規模な工業団地があり、宇都宮中心地との間を結ぶ県道を利用する通勤者が約3万人います。このため、渋滞が頻繁に発生し、通常は15分ほどで到着する距離に1時間かかることも珍しくありませんでした。
この渋滞を緩和するため、県道の拡幅に加え、鬼怒川に新しい橋をかけるなどの公共交通整備を進めてきました。
これまでも宇都宮市東部地域渋滞対策協議会によって産学官連携で渋滞の緩和について議論してきましたが、交通全体の利便性向上について議論する「芳賀・宇都宮地域交通対策協議会」を新たに立ち上げました。

2023年8月にはLRT(次世代型路面電車)の宇都宮ライトレールが開通し、公共交通の利用を促進することで、渋滞の緩和にどのような影響があったのか、どうすれば交通全体を最適化できるのか、調査や分析を行い、効果を確認しながら試行している最中です。
それまでも宇都宮市鬼怒川周辺や日光市二社一寺地区にてHondaの「プローブデータ」を活用いただいていましたが、今回の調査や施策にも活用できないか?と声をかけていただき、取り組みがはじまりました。

渋滞解消のための具体的施策
どのような手順で渋滞解消に取り組んだのでしょうか?
最初に取り組んだのは、現在どこが混んでいてどのような問題が生じているのかを、データを基に分析することでした。並行するルートを一定期間比較したところ、混雑度に偏りがある状況を確認しました。これは、ドライバーが混雑を予想して迂回するものの、正確な混雑情報が得られていないが故に過剰な迂回が発生し、その結果、迂回する前のルートのほうが実際は空いている状況が生じているのではないか、という仮説を立てました。
そこで、この仮説に基づいた状況を改善するために、2023年度の社会実験では、直近の所要時間を示した看板を道路脇に設置することを行いました。直進すると○○分、右折すると××分、といった情報をドライバーに提供することで、渋滞を緩和できないかと考えました。
以前、鬼怒川で看板を設置したときにも同様の施策を行いましたが、改善点がいくつか出てきました。
例えば、一定の間隔で看板の表示を入れ替えていたのですが、そのときに「点滅の速度が速すぎてドライバーが視認できない」「夜に点灯させていると明るすぎてクレームになる」といった課題がありました。これらの知見から、現在は改善が施された視認性の高い看板を展開できています。
渋滞は日光のような観光渋滞もあれば、宇都宮のような通勤渋滞もあります。渋滞解消という取り組みは同じですが、どちらの機会でも使えるように対応しています。
橋梁の建設や道路の拡幅などは大掛かりな工事のため、完成や効果を発揮するまでにはかなりの年月を要します。それに対して、看板の設置はLRT開業前後の道路環境への影響を緩和する施策として、短期間で効果が見込めるので上手にご利用いただけたのではと考えています。

さまざまな施策の中でまず看板の設置から取り組んだのは、何か理由があったのでしょうか?
前任の者が選定したので詳細はわかりませんが、20年ほど前の私が学生だったころから、「情報で交通をコントロールできるか」という課題がありました。当時はビッグデータなどがない時代だったので、携帯電話を持っている担当者が実際に乗車し、ある地点間を通過するのにかかった所要時間を連絡して、それを表示していました。これによって迂回行動が促されたことを分析し、一定の成果を確認できたと記憶しています。Honda様の協力を得てビッグデータを使えば、さらに効率よく交通をコントロールできると考えたのではないかと理解しています。
それ以外にも取り組まれたことはあるのでしょうか?
昨年度は、信号のタイミングを見直した際の分析も実施しました。
信号のタイミングと交通混雑は密接な関係にあると考えられるため、それが及ぼす交通への影響を、Honda様に効果検証を担っていただき分析しました。
例えば、信号でブレーキを踏んだか、自動車の速度がどう変わったかなどをHonda車のビッグデータで分析することで、これまで感覚的に捉えていたことをはっきりとした数値として受け取ることができました。

栃木県が先進的に取り組めた理由と協議会の役割
栃木県ならではの特徴はありますか? 他の都道府県ではどのように適用できるでしょうか。
栃木県の場合はHondaの開発拠点があることもあり、自分事として捉えて問題解決に向けて一緒に取り組んでいただけたのは非常にありがたかったです。机上での議論だけではなく、現地をよく見て、ドライバーの視点で見ているからこそ気づくことのできる着眼点を基に、さまざまな提案をしていただいています。
ICTやスマートシティといったキーワードが行き交う中で、栃木県様や協議会の取り組みは、他の地域から見て良いベンチマークになっているのではと考えています。昨年度に開通したLRTも注目されていますし、見学も多いとうかがっています。
また渋滞対策に関しては、各地域の協議会がハード面の対策や時差出勤などのソフト面での対策を実行していますが、中でも栃木県様は今回の施策のようにハードとソフトをうまく組み合わせて実施していると思います。

渋滞対策に取り組むときに心がけていること
今回のようにデータを活用するときにどのようなことを意識していますか?
利用者の声として「渋滞が減った」という定性的な意見も貴重ですが、あくまでもそれは個人の感覚なので、データから見ることも重要であると考えています。しかし、データは数字の塊なので、そこに意味を持たせ、意図を持って見ていかないと埋もれてしまうと感じています。
データをただの結果として提供するのではなく、Honda様はこちらの趣旨を汲み取り、さらに現場もご自身でご確認した上でご提案いただけるので、大変助かっています。
小林様をはじめとした栃木県様の良さとして、仮説をお持ちであることが挙げられます。「もしかしたらこうなのではないか?」という仮説が事前にあり、正しいかどうかをデータによって判断できているため、我々としても大変やりやすいです。
仮説がない状態で、「役に立ちそうだから」というだけの理由でデータを納品してしまうと、何に使えるのかわからない状態になってしまいます。これを防ぐためには、我々からご提案することはもちろん、クライアント様からも課題や仮説を伝えていただけると、課題解決のためのより良い道筋を作りやすくなります。

今後の取り組みについて
現時点での課題や、今後の対応について教えてください。
多くの方が自動車を利用することは渋滞の原因にはなりますが、自動車での移動が常に悪いというわけではなく、有効に活用できるタイミングや時間帯、曜日などがあります。公共交通の利用と合わせて、より効率的に公共インフラを使ってもらうにはどうしたらいいのか、そのための情報提供とはどうあるべきなのかを協議しています。
また、LRT開業前は自家用車で宇都宮都心部まで移動していた方の、LRT利用による移動時間の変化に着目しています。特に、自宅から最寄りのLRT停留場まで自家用車で移動し、その後LRTに乗車する方(いわゆるパーク&ライド)について、自宅から自家用車を使わざるを得なかった理由などを考察しています。限られた道路施設を有効に活用するためにはどうしたら良いか、その分析に必要なデータの提供をHonda様にお願いし検討を進めているところです。
最後になりましたが、インフラDX大賞の受賞、おめでとうございます。
元々渋滞対策協議会でHonda様と議論させてところで、私が引き継いで担当してからは1年ほどですが、前任者が取り組んできたことが評価されて良かったと考えています。
今回の内容は、Honda様にご提供いただいたビッグデータに基づく分析により、具体的に交通の混雑度が何%削減できたかという効果を数字で示したことが評価されたポイントなのではないかと捉えています。
Honda様のプローブデータでは、蓄積した過去データを比較できるため、交通状況の変化を追いかけ続けられ、実施した施策の効果を検証できています。我々としても長くお付き合いさせていただきたいです。お付き合いいただけた分だけ、その変化を可視化できるのは、データの良さだと感じています。
これまで携わった方々の努力がまさに報われた機会で我々としても嬉しいです。あらためてご受賞おめでとうございます。
