なぜ国土交通省はETC2.0プローブデータのオープン化に取り組むのか
現在、国土交通省は、「ETC2.0プローブデータ」のオープン化に取り組んでいます。その理由は、ETC2.0で収集・蓄積された「プローブデータ」の共有化を推進しているためです。
この記事では、この取り組みの背景と目的を解説します。この記事を読むと、プローブデータをオープン化するメリットがわかります。また、それによって、日本の道路・交通・物流が抱える課題を解決する道筋がわかります。
国土交通省が取り組む理由
国土交通省が取り組む背景として、日本の道路交通が抱える課題を解説します。
日本の道路交通が抱える課題
結論から言うと、国土交通省が「ETC2.0プローブデータ」のオープン化に取り組んでいるのは、日本の社会、そしてそれを支える道路交通が抱える課題を解決するためです。
近年、日本の社会では、多くの業種で人手不足の問題が深刻化しています。少子高齢化によって総人口だけでなく、生産年齢人口(15〜64歳)が減少しているからです。また、世代交代によって専門の知識や技能を持つ人が減ったことは、人手不足に拍車をかけました。
人手不足の影響は、道路交通にも及んでいます。まず、道路管理が欠かせない道路の保守や渋滞対策を担う人材が不足しています。また、物流業界では、トラックドライバーなどの人材が不足しています。さらに、公共交通では、運転士不足が深刻化し、バスの減便や路線の廃止が相次いでいます。
つまり、日本社会だけでなく、それを支える道路交通も人手不足の問題に直面しており、改善が求められています。
ETC2.0プローブデータの活用
このため、国土交通省は、道路交通のDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現し、人手不足という問題を解決しようとしています。デジタル技術を活用し、業務を効率化して、少ない人材で道路交通を支えるしくみをつくるのが狙いです。
そこで、注目されているのが前述のETC2.0プローブデータの活用です。ETC2.0プローブデータを分析すると、道路交通の改善に活用できる有用な情報を抽出できます。その詳細は後述します。
ここで、ETC2.0プローブデータについて解説します。ETC2.0プローブデータは、ETC2.0を活用して得られるプローブデータです。ETC2.0は、従来のETCの自動料金収受機能と、車両と道路の双方向通信機能を組み合わせたシステムです。プローブデータは、自動車の位置情報と車両情報を組み合わせたデジタルデータで、ビッグデータ(大量・多様で生成速度も高いデータ群)の一種です。つまり、高度な情報サービスを組み合わせて、道路交通の状況をデジタルデータに変換したものが、ETC2.0プローブデータなのです。
なお、ETC2.0プローブデータは、自動車メーカーが収集・蓄積しているプローブデータとは異なる点があります。どちらも自動車の位置情報と車両情報を組み合わせたデジタルデータですが、データ取得の仕組みや収集範囲などが異なります。自動車メーカーのプローブデータの詳細は後述します。
現在進む取り組み
次に、ETC2.0プローブデータと自動車メーカーのプローブデータを活用した事例を解説します。
ETC2.0プローブデータの活用
前述のように、ETC2.0プローブデータを分析すると、道路交通の改善に有用な情報を取り出すことができます。具体的には、渋滞対策や安全対策、料金施策、物流支援、公共交通支援などです。プローブデータの用途は多岐にわたるため、道路交通を改善する上で重要な要素となっています。
国土交通省は、ETC2.0プローブデータを加工・分析して得た情報を地方公共団体に提供しています。この情報には、交通事故が起こりやすい場所を示す「ヒヤリハットマップ」などが含まれており、安全対策に役立てることが可能です。
ただし、加工したデータでは、さらなる分析などが難しいという課題があります。加工によって情報量が減っているからです。
この課題を踏まえ、国土交通省は、未加工のETC2.0プローブデータをそのまま地方公共団体に提供する試みをしています(※2)。
これが、冒頭で述べたオープン化です。地方公共団体がETC2.0プローブデータを自由に加工・分析できるようにして、道路交通の改善に役立てる可能性を広げるのが狙いです。
自動車メーカーのプローブデータの活用
自動車メーカーも、プローブデータを活用し、道路交通の改善に取り組んでいます。自動車で生成されたプローブデータは、おもにドライバーのサポートに使われます。その一方で、データセンターに蓄積されたプローブデータを分析して、有用な情報を取り出し、二次活用しています。
自動車メーカーのプローブデータは、対象範囲(対象となる道路の多さ)やデータ取得頻度の違いから、ETC2.0プローブデータの補完のために使われることがあります。自動車メーカーのプローブデータには、ETC2.0プローブデータではカバーできないデータが含まれているからです。
Hondaの取り組み
自動車メーカーの一つであるHondaは、すでにプローブデータの活用に取り組んでいます。2003年にプローブデータを活用したカーナビシステムを世界で最初に開発したのは、同社です。
プローブデータは、同社が製造した軽乗用車を含む乗用車から収集し、データセンターに蓄積しています。それは、おもにドライバーのサポートに使われています。同社は「Honda Total Care」と称するドライバー支援サービスを展開しており、600万人以上が利用しています(2025年6月現在・※3)。
加えて、プローブデータの二次活用にも取り組んでいます。プローブデータを分析して得られた有用なデータを、官公庁や自治体、企業に提供するビジネスを展開しています。このサービスは、「Honda Drive Data Service」と呼ばれています。
同社は、2010年ごろからは、通信料不要の通信デバイスを車種・車格を問わず全車(軽乗用車を含む)に搭載し、プローブデータを収集・蓄積してきました。現在は、対象となる乗用車の1日あたりの走行距離は、5,000万kmを突破しています(※4)。
まとめ
この記事では、国土交通省がETC2.0プローブデータのオープン化に取り組む理由として、日本社会が抱える課題と、道路交通の改善について解説しました。また、これとは別に進められている自動車メーカーによるプローブデータの活用についてもふれました。前述の通り、自動車メーカーのプローブデータは、ETC2.0プローブデータを補完するために使われることがあります。
Hondaは、独自にプローブデータを活用する取り組みをしています。プローブデータの分析で得られた有用な情報は、都市計画や渋滞対策、交通安全、防災減災、路面管理、駐車場データの活用など、幅広い用途で活用されています。2011年の東日本大震災発生時にプローブデータを活用し、いち早く通行実績情報マップ(自動車が通行できる道路を示した地図)を作成して公開したのも、同社でした(※5)。
プローブデータの活用についてさらに知りたい人は、「Honda Drive Data Service」のWebサイトをご覧ください。ここでは、プローブデータの活用事例などの多くの情報が掲載されています。
このコラムの執筆者

- 川辺 謙一
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東北大学工学部卒。東北大学大学院工学研究科博士前期課程(修士)修了。
メーカー入社後は、工場や研究所で技術者として研究開発に従事し、2004年に独立。茨城県南部在住。
技術者だった経験と、文章や絵で表現する能力を活かし、身近な交通に使われている技術を一般向けに翻訳・紹介する活動を20年以上続けている。
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