開発ファクトリー潜入[エンジン]

トップへもどる

カメラのアングルさえ変えられない
理由がある

物足りないだろうか?それはそうだろう。
では続いて、もっと美しい角度からじっくりと……と行きたいところだが、開発責任者の宇貫さんがにこやかに、しかし、ぴしゃりと制止する。
「気持ちはわかるのですが、角度を変えられると、いろいろと不都合があるのでね」
実はこの日、撮影にあたっては「決められた角度からのみ撮影すること」「各部の寸法がわかるような撮り方はしないこと」が条件になっていたのだ。

それにしても、このカムシャフト。軽さの追求のために各部を極限まで“肉抜き”されているというのもさることながら、横から見た姿(これを“カムプロフィール”と呼ぶ)は、これまでに見たことのあるカムシャフトのそれとはずいぶん異なっていたのが、興味深かった。
バルブを閉じるための機構に、金属のスプリングではなく、圧縮した空気を使用する“ニュウマチック・バルブ”を採用していることによるものだそうだが、そのあたりをお見せできないのが残念だ。

吸排気のバルブも、素材が鉄よりも大幅に軽いチタンであること、そのままではすぐにすり減ってしまって使い物にならないために表面処理をすること。その表面処理も、後端・軸・傘と、部位に応じて異なる表面処理(なんと、素材の状態から完成品となるまでに2つも国境を跨ぐそうだ!)が施されていることを聞くことができたが、ステム径(軸の太さ)や、バルブリフターと接する後端のかたちを明らかにすることはできない。……よって、写真を撮影することはかなわなかった。
ピストンも、公開できるのは「天井」の部分だけだ。
ここへ来てふと気づいたのだが、撮影をリクエストしていたはずのコンロッドが用意されなかった。どうやら、写真に少しでも写ってしまうと不都合のあるような、秘密の多いもののようだ。材質がチタンであることは明かされたが、これはもう30年ほど前から用いられている素材で、別に珍しいものではない。
──ある程度予想していたとはいえ、思った以上にガードが堅い。宇貫さんはその理由をこう語る。

「それはもう、現代の解析技術が向上してきたからですね。各部のかたちや寸法がわかるだけで、エンジンのおおまかな性能がライバルにバレてしまうのです。つまり、パーツのかたちを公開するというのは、敵に塩を送るようなものなのですよね。せっかくの機会だから、いろいろとお見せできたらいいとは思うのですが」
ガソリンエンジンがモビリティの動力源として実用化されて120年以上たつ。そう考えれば納得の進化ではあるが、なんと、現代では写真に写ったパーツの寸法から、エンジンの性能がわかってしまうそうである。

かつて、エンジン開発は「つくっては壊し、つくっては壊し」を延々と繰り返し、ようやくモノになるという、非常に手間の掛かるものだったと聞く。
最高峰クラスが「GP500」と呼ばれていた2ストロークエンジン時代のピストンは、走行を終えたのちにエンジンを開けて、ピストンとシリンダーの「当たり具合」を観察した上で、寸法を微調整し、理想的な形状になるようなトライアンドエラーを常にしていたものだ。「RC212Vではそういったことはしないのか」と尋ねたところ、「もう、何年もそんなことはやっていませんね」との答え。ほぼシミュレーションどおりに性能が出るのだという。

では、エンジン設計の難度はずいぶんと下がってきているということか?
「うーん、それなら楽でいいんですけど」
エンジン開発担当の和泉さんと帆井さんは、そろって苦笑いをする。

開発責任者 宇貫

エンジン開発 和泉

ライダーは数値に表れない
「何か」を感じている

エンジン開発の帆井さんは語る。
「エンジンは、コンピューターも用いて設計したあと、台上で運転状態をつくりだして、性能を計測する“ベンチテスト”を行います。多くの場合は設計通りの数値が出ていて、開発者としては『これでライバルに勝てる!』と思うわけです。でも、問題なのはそこから。ライダーに乗ってもらうと首を縦には振ってくれないことがあるのです。きちんと馬力が出ているにもかかわらず、です。」

具体的にはどんな声がライダーから上がるのだろう?
「ペドロサ選手は特に、この“エンジンフィーリング”に対して注文が多かったですね。『波打ち感がある』とか『フリクション感がある』とか……」
“波打ち感”というのは、「何となくパワーの出方にムラがあるような気がする」ということ。
“フリクション感”というのは、「何となくエンジンの中で何かを引きずっているような気がする」ということだそうだ。
いずれもきちんと馬力は出ている。しかし、「パワーの出方にムラがある」と感じられるために、ライダーは自分が思い描いた通りの走りを組み立てることができなくなってしまうというのだ。トップライダーたちがコンマ1秒を競う世界で、これは大きな問題である。

「私たちは当然、MotoGPライダーと同じようにバイクを走らせるわけにはいきませんから、これまで蓄積してきた経験やデータをもとに、『おそらくこういうことだろう』という推測を行い、問題に対処していくことになります。もちろん、テスト解析をしていきますが、なかなか計測データではっきり出てこない事象が多いですね。それだけ、トップライダーの感性は鋭いのだと思います。」

さらに、和泉さんはクランクシャフトを手に取りながら語る。
「たとえば、これが軽ければいいのか、重ければいいのかということすら、まだ解明されていません」
一般的に、レース用のカムシャフトやバルブ、ピストンなどは軽ければ軽いほどよいと言われている。一方、クランクシャフトはそういう明確な基準が存在しない。これは、主にライダーによる「乗りやすいか・乗りにくいか」の感性によるものが大きいことによる。
「エンジンの吹け上がりが違ってくるのはもちろん、コーナーでバイクを傾けていくときの挙動が、この部分の重さによって大きく変わるんですよね。そして、この重さが変われば、出力特性にも当然影響してきます。こと、極限の世界でライダーの“気持ち”に応えなくてはいけないレースの世界において、エンジンの謎は解き明かされていくどころか、どんどん深まっていくようなものですよ」

BACKNEXT

エンジン開発 帆井

TOPへもどる