MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2002年12月号

特集

 交通事故発生防止に向けた抜本的な取り組みが求められているなか、重要な柱である交通安全教育について、発行部数1312万部のドライバーズマガジン『JAF Mate』の吉岡耀子編集長、ホンダ安全運転普及本部の大久保博司本部長に、交通安全教育の課題と効果的な教育についてお話しいただきました。

−−交通事故自体を減らすために、交通安全教育としてなにが必要とされているのか、おうかがいします。

大久保 今年の交通事故死者数を世代別でみますと、二輪、四輪も含めて20代前半と、それから50代から始まって60代、とくに65歳以上が非常に高くなっています。したがって、この世代を重点的に安全運転普及の取り組みをすることも重要と考えております。事故の原因などをみますと、若年層と高齢層ではかなり違いがあります。若い人たちはやはりスピードに関わる部分が非常に多いですし、高齢者になると一時不停止や、運転の操作ミスが多くなります。どちらかというと身体機能の部分が原因で事故を起こしていると言えます。一方、事故の被害でみると、歩行中と自転車乗用中が多いので、そこをもう一つ考えなくてはいけませんね。
吉岡 65歳以上では歩行中の死者数が全歩行者の61.5%、同じく自転車では57%です。若い人なら渡りきれるだろうと思う距離が渡りきれないとか、電動車いすでは横断歩道以外の場所で飛び出したりとか、いろいろと複雑な場面が出てきているように思いますので、ドライバーにとっては一段と注意が必要になってきていますね。
 死亡事故が減ってきているのは、ハード面でいえばクルマそのものの安全性能が向上してきたこと、また、医療技術が進んだため、以前なら死につながる事故でも助かっているということの2つが関係していると思われます。しかし、事故そのものはヒューマンエラーということで減っていないわけです。
大久保 人がミスをしないでクルマを安全に運転するにはどうしたらいいのかということで、私ども安全運転普及本部も「危険を安全に体験する」教育ソフトの研究・開発を30年以上行なっていますが、ヒューマンエラーで起こる事故に対する教育ソフトの充実が最も大事だと思います。そのため、子どもから高齢者まで世代別に、また、自転車、二輪、四輪という車種ごとにソフトを開発し、普及をはかってきています。
吉岡 私が教習所に通っていた頃、ちょうど右折を習っているときでしたが、教官から「何を見たらいいのか混乱しないように、自分のなかで1番、2番、3番と優先順位をつけていく。そうやってあらゆる交通場面を整理するといいですよ」とアドバイスされました。それがずっと心に残っていて、『JAF Mate』でも「危険予知/JAF事故回避トレーニング」にしました。たとえば右直事故やサンキュー事故のように、危険をパターン化して、クイズ形式で再現することで読者への意識づけをしています。
大久保 安全運転普及活動とは、パターン化そのものだと思ってもいいくらいですね。事故を一つひとつ分解して、パターン化し、それを実際に運転する場合の危険予知・予測につなげていくということが大事です。つまり、クルマの挙動や危険性、事故事例などをパターン化し、それを安全に体験し、学んでいただく。そうすることで、その後の危険予知・予測運転につなげていくことが基本だと思っています。
吉岡 そうした体験学習は、安全運転のトレーニングとしてとても有効ですね。
 さらに、焦っていると見えるものも見えなくなるといった心理的な問題、その中で他者がどんな形で出てくるかなど、そういうことへの危険予測とか、危険予知というのも重要だと思うのです。
大久保 『JAF Mate』ではドライバーの視点から、歩行者や自転車が次にどうなるかと読者に予想してもらい、そのあとで解説をしていますが、これは大変面白い試みですね。
吉岡 実は、あの欄は読者になかなか人気がありまして、予測が当たったとかはずれたとかいって家族で楽しんでいただいてもいるようです。それが、実質的な情報として役に立つからでしょう。
大久保 私どもは、そのような考え方をシミュレーターに取り込んでいます。バーチャルな交通社会をつくりだして、自分が運転して右折なり左折をしようとするときに、あのページでやっておられるようなシーンが次々と出てきて、自分がミスをするとドーンと衝突してしまいます。「そうか、こういうときはここを注意しなくてはいけない」「なるほど、こういうことが起こるのか」ということを繰り返し体験していただくと、実際に運転するときに役立つということで、二輪のシミュレーターに続いて昨年、四輪シミュレーターを発表しました。リアルな乗車感覚が再現されていると好評をいただいております。

いかに実感、共感を得られるか

−− 危険予測、危険予知のプログラムを作ると、次の課題としてはそのプログラムをどう使うかということで、インストラクターの腕が問われる場面になりますね。

大久保 インストラクターや教習所の指導員は高い運転技術をもっている専門家ですが、そればかりではなくて、実際の交通社会のなかで事故が起こる原因、あるいは事故を起こさないためのノウハウをたくさん蓄積していますね。肝心なことは教える側の人が教わる人の共感をいかに得られるかだと思います。
吉岡 どれだけ実感をもって教えられるか、つまり相手に実感を植えつけることができるかということで、それが体験型の学習なのだと思います。ただ、その実感を得させるための工夫とかエネルギーは大変なものだと思います。
大久保 JAFさんでも高齢者の講習会とか、いろいろやっていらっしゃいますね。高齢者の教育についてどのようにお考えですか。
吉岡 高齢ドライバーだからこそ、有効なトレーニングがあるのではないかと考えているところです。たとえば、動体視力は、スポーツ選手が訓練で非常に研ぎ澄まされているように、何か訓練によって視力の低下を防げないか。首を向けるのがおっくうになるようなこともトレーニングで改善されるのではと考えています。高齢者は、知的な部分はどんどん積み重なっているわけですから、さまざまな事故パターンについての知識をもつことで事故を予防していく、それをトレーニングと組み合わせることができないかと思います。
大久保 私はまず、動体視力を含めた身体機能が低下していくことを本人に自覚していただくことだと思っています。そこで今年4月にオープンした交通教育センターレインボー〈浜名湖〉で、ご自分の運動能力や運転習慣などを自覚していただくプログラムをスタートさせました。

−− 高齢者は歩行中の事故も多いのですが、高齢歩行者に対する教育をどうするかという問題もあります。

大久保 誰でも加齢による身体機能の低下は避けられないことですから、その歩行者としての高齢者を守るのは、ドライバーの責任が大変大きいと思っています。また、高齢者に限らず、子どもの場合も、まだ自分の世界中心ですから、思わぬ挙動に出るということがあります。ですから、ドライバーがそういうことを予測して運転するということに尽きると思うのです。
吉岡 子ども特有の挙動や高齢者の緩慢な動作による問題をドライバーがあらかじめ知っておくということですね。ただ、最終的には自分の安全は自分で守らなくてはいけませんので、子どもに対しても安全を求める心とか、何が危険なのかなどを具体的に教えていくことも重要と考えます。そういう能力を開発していくことが、自転車に乗り、二輪に乗り、四輪に乗るという交通社会人として成長していく姿だろうと思います。とくに大事なのは自転車に乗り始めたときではないでしょうか。初めて自分の体以上のスピードが出て、楽しくて仕方ないですね。爽快感と危険を一度に味わうわけで、そのときに自分もまた加害者になりうることを含めて、ここはきっちり教えておきたいですね。
大久保 自転車は走る、曲がる、止まるという基本的な動作を身につけてもらうことが一番大事ということで、子ども向けの交通安全教育プログラム『あやとりぃ』のなかにも自転車編があります。
吉岡 JAFに熱血漢が一人おりまして、『あやとりぃ』のプログラムを参考にしたのだと思いますが、幼小中高と学校に行っては自転車教育を行ないました。自分の自転車で思い切り走って、ブレーキをかけさせるとか、クルマの死角に入る自転車なども体験させていました。子どもたちがすごく嬉しそうなことと、こういうことも知らなかったのかと新鮮な驚きを感じました。子どもたちは集団で習う面白いプログラムがあると、とても生き生きしています。目を輝かせて習ったことは身についていきますね。

現地の方々の目線に合わせたアジアでの活動を

吉岡 時々海外に行くのですが、ベトナムや中国などアジアに行って感じるのは、安全を求める心がまだまだ弱いということですね。これは30年前の日本で、安全ということが何かわからなかった状態に似ています。
大久保 私もベトナムに行きましたが、交差点の両方から一斉に自転車とバイクがきて、それがぶつからないで通り抜けていくというのが驚異的でした。
吉岡 歩行者なんか渡れませんもの。それで目の前では事故が起きなかったので、これはすごいテクニックだと感心していたら、あとで、大変な数の事故が起きていることを知りました。ああいう走り方を見ていると、危険や事故を恐れる心もあまり高くない印象を受けますね。
大久保 ですから、「交通安全」といってもピンとこないわけです。
吉岡 日本の今の安全教育とか、危険予測トレーニングをポンと持っていっても、何のことだろうと、現地の方は思うかもしれません。とにかく今は走れるだけで嬉しいという状態ですから、そこでは、現地の方々の目の高さにあわせて、安全とは何かを伝えていくことが大事だと思われます。
大久保 小学生くらいから始めないと理解されないと思います。今、シンガポールではそれが非常に成功しています。学校などと連携して、私どものプログラムを活用していただいていますし、政府からも評価していただいています。かなり積極的に私どもの考えているプログラムに子どもたちが参加しています。シンガポールで始めて、もう7、8年ぐらいになります。
吉岡 やはり定着するにはそのくらいかかるということですね。
大久保 タイをはじめ、アジアでは急速に二輪から四輪の時代に拡大していて、いま新たな交通問題への関心が高まっています。
吉岡 二輪だけのときは洪水のように流れていても、四輪という異質なものが混ざることで「いや、これは気をつけなくては」と思うのではないでしょうか。
大久保 地道に各国の交通事情にあわせて、それぞれの国の行政当局とか、販売店など、現地の方々と連携をとりながら、日本で培ってきた安全運転普及活動のノウハウを提供していって、お役に立てればと思っています。今はアジアを中心に、私どものやってきた安全運転普及活動をその国の実状にあわせて拡げていこうとしているところです。ホンダ安全運転普及本部は世界17カ国に拡大し、交通教育センターも12カ国20拠点あります。現地に交通教育センターをつくって、そこにお客様や地域の方が参加し、安全な運転とは何かを体験してもらうことによって、活動の輪を広げていくことに取り組んでいます。

手渡しの安全運転の輪を広げる

−−最後にこれからの展望についてお聞かせください。

吉岡 交通安全教育はいろいろな年代、ライフステージに応じた教育が必要だと思います。世代ごとに直面している問題は違います。そのときどきに何に一番気をつけたらよいのか、何を一番しっかりと伝えていけばよいのかを考えていく。とくに、プレドライバー教育は、これからの交通安全教育の一つのポイントです。子どもの目線に合わせて、実感のある教育、体験型の教育を行なう中で、危険を察知する能力、安全を求める心を身につけていけるのがいいですね。
 もう一方で、アジア各国の交通事情や、モータリゼーションの段階に応じた教育も重要と思います。各国のモータリゼーションの段階に合わせたうえで、私たちがもっている経験やノウハウをどんな形で伝えていくか模索していくと、安全を共有できるのではないでしょうか。
大久保 吉岡さんの考えに全く同感です。私どもが30年以上に渡って実践してきた安全運転普及活動を、今後どういう形で一人ひとりのお客様のニーズに応じて提供していけるかが最大の課題だと思っています。
吉岡 30年以上の歴史を土台にして、先々までひとつの目標が通っているのは素晴らしいですね。
大久保 安全運転というのは永遠の課題です。「人から人へ安全を手渡ししていく」という活動の基本は不変ですが、従来の取り組みを一層進化・発展させるとともに、新たな視野を加えることによって、これまでにない安全運転普及活動の姿をめざしていきたいと思います。
 そのためには、人と人の接点の部分が最も大事なので、お客様と直に接する販売店での普及活動にもっと力を入れていきたいと考えています。また、お客様の満足度を高めるために、安全のソフト面で付加価値をあげていきたいと考えています。
 また将来は、危険予知・予測運転の体験になるシミュレーターを販売店に導入いただいて、お客様のご来店時に活用していただけるような環境づくりができればいいと考えています。高齢者や子どもなど交通弱者という方たちをいかに運転する側が気遣いながら、交通社会のなかに出ていくことができるか、運転する側の人たちに対する安全運転にもっともっと力を入れていきたいと考えています。
吉岡 私たちは、クルマそのものだけでなく、楽しさや文化といったクルマ全体の豊かさまで読者と一緒につくりあげていきたいと考えています。今は何かができあがりつつある手応えを感じているところです。クルマの使い手、作り手、そしてその間を結ぶパイプ役を担っている販売店が連携して、安全な交通社会のために何ができるかをお互いに考え、取り組んでいくことがこれからの交通安全教育にとって大切だと思います。

−−ありがとうございました。


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