1950 – 1960年代
1950年代初頭、大戦終結の混乱から徐々に復興は進んでいた。しかし食料増産やインフラ整備など課題は山積みだった。そんな中、Hondaは自転車用補助エンジンに手応えを感じていた。小さなエンジンだったが、それは社会貢献できるエンジンでもあった。
このような状況下、「ホンダA型」や「カブ号F型」の評判を聞きつけた小型農機メーカーからHondaに対して、「背負式散粉機用の小型エンジンを欲しい」という要望があった。
この要望を受けて小型2ストロークエンジンの開発に取り組み、1952年に完成し、1953年Honda初の汎用エンジンが発売された。「H型」と名付けられたエンジンは、出力1馬力で、当時としては画期的なアルミダイキャストを使うなど小型化と軽量化を図った。耐久性にも優れており、背負い式の動力散粉機や揚水ポンプ用として農家の重労働を軽減した。
「H型」エンジンは好評を得たが、使用した人々からは始動性や静粛性・整備性などの改善要望を受けた。さらに、簡便さや汚れにくさを望む声も多かった。そこでHondaは1954年に2.5馬力の4ストローク「T型」エンジンを完成。性能面でも低速で粘り強く、高回転と高出力で、搭載する農業機械の使用目的に柔軟に応える懐の深さも実現した。
「T型」エンジンが登場した1954年はHondaが英国マン島TTレース参戦を宣言した年である。「本田技研の全力を結集して栄冠を勝ちとろう」と世界に挑戦するだけではなく、「吾が本田技研の使命は日本産業の啓蒙にある」と日本の未来も見据えた。
Hondaの汎用エンジンは農業用や建設用など幅広い用途で使われるようになり、汎用エンジンをとりまく環境も次第に変化して、更なる出力も要求されるようになってきた。この要求への対応と並行して、静粛性や低振動を両立し、過熱を抑えるなどHondaの技術開発の腕の見せ所である。
「T型」エンジンの発売から4年が経過した1958年。高まりを見せる農業の機械化や建設産業の高効率化に対応する汎用性の高い動力源として、Hondaは高性能・高級化指向の最高出力5馬力の「VNシリーズ(VNC/VND型)」エンジンの販売を開始した。ちょうどこの年、二輪ではスーパーカブが登場。Hondaは創業期から躍進期への節目となった。
より役立つものを届けたい、より使いやすいものを送りたいと常に考え、自転車用補助エンジンの「ホンダA型」、「カブ号F型」に始まり、汎用エンジンの「H型」、「T型」と次々と小型エンジンを開発してきたHondaだが、この頃から完成機の開発にも着手した。
1950年代末、日本の約600万戸の農家のうち、耕うん機を保有していた農家は約6%。「農村での結婚が、耕うん機があるかないかで決まる世の中」と言われた時代である。このような状況の中、Hondaは小型エンジンを搭載した完成機の開発に着手する。「VNC型」エンジンを搭載した試作機を開発するなど、Hondaの研究開発は、汎用エンジンを活用した独自の完成機として耕うん機や発電機などの分野へ進出する1960年代へと移行する。