藤波貴久(Honda)は、黒山健一(ベータ)に対してここまで4勝1敗。3位以下に落ちる可能性がほとんどないこのふたりにとって、黒山がチャンピオンとなるには、4勝4敗のタイに持ち込むしかない(同ポイントで優勝回数も同じ場合は、最終戦で勝った者がタイトルを獲得するという規則がある)。逆にいえば、ここで藤波が優勝すれば、タイトル獲得に向けて大きな前進を意味することになる。
会場の大日ヶ原は、今年で3回目の全日本会場。観戦者が自分のオートバイでセクションを見て回ることができる唯一の大会でもある。新潟は地域的には関東エリアのため、真壁大会に続いて今シーズン2回目の関東大会となるが、これもすでに3回目となり、真壁の“関東大会”に対して“関東・新潟大会”と呼ばれ、東北・北陸方面のファンの間にはすっかり定着したものとなっている。
前日の午後からは、叩きつけるような激しい雨に見舞われた。当日は朝から雨も上がり、絶好のトライアル日和となったが、びしょびしょに水を含んだ一部のセクションでは、脱出が困難なセクションも一部に出現した。
序盤は小川友幸(ベータ)が好調だった。4セクションまではすべてクリーンして、3セクションで1点ずつを喫した藤波・黒山をリードする。しかし5セクションで3点となると、その後はクリーンが出ず、7セクションでは岩を登れず5点減点も飛び出すなど、リードもここまで。
逆に1ラップ目に好調をアピールしたのが、若手注目株の渋谷勲(ヤマハ)だ。1ラップ目最終セクションで5点となるまでは、藤波と同点でトップ争いの一角を形成していた。
しかしやはり勝つべき人、戦いをリードするのは藤波と黒山だった。1ラップ目の最終セクションで渋谷を逆転して2位のポジションを得た黒山は、2ラップ目には着実なトライを続けて藤波の出方を待った。
点数が動くとすると、テクニカルに次々岩を飛び越えていかなければいけない第3セクション、ぬるぬるの斜面を登り降りしてトラバースする第5セクション、やはり滑るヒルクライムからもうひと越え斜面を駆けあがる最終セクション。第5と最終をのぞいては、すべてのセクションがクリーン可能なもので、この3つ以外は藤波と黒山にとっては、事実上クリーンして当然の“クリーンセクション”となっていた。
しかし“クリーンセクション”とて、クリーンが約束されたものではない。ほんの少しのミスや、あるいはタイヤの下の石がわずかに動いただけで、減点につながり、また失敗となってしまうことも多い。それが実際のこととなったのが2ラップ目の第6セクションだ。藤波、黒山ともに第5セクションを3点として向かった第6セクション、堰堤へのアタックで藤波が失敗。5点!
黒山はこれを軽々クリーンしているから、この5点は致命的だった。わずかなリードを帳消しにして、藤波は黒山に3点のリードを許して3ラップ目に入った。
しかし3ラップ目に入って、藤波は第1セクションで1点を喫するなど、その点差は4点に広がり、逆転に向けて、チームにも徐々に絶望感すら漂い始める。しかしもちろん藤波はあきらめない。最後の最後まで、なにが起こるかわからない。勝負が完全に決まるまで、油断をせず、そしてあきらめず。藤波の戦い方は、こんな状況でもいつもと変わらない。
第3セクション、黒山は1点。藤波はクリーン。これでその差は3点差。第5セクションでは、藤波がとうとうこの難セクションを減点1で通過し、黒山は減点3。その差、1点。その差はつまったが、しかし追いつけるか……。
勝負は、意外にも彼らにとっては“クリーンセクション”の第9セクションで大きな展開を見せた。黒山が失敗。マシンから降りてしまって減点5。藤波も1点の減点を加えるが、これで両者の差は藤波の3点リードと逆転した。
最後の最後に、戦況は一変した。最終セクションはクリーンは絶望的なセクションだが、逆に3ラップ目となって、彼らふたりにとっては1点で通過するのはそんなにむずかしくないものとなっていた。はたして両者はともにここを1点で通過。これで勝負は藤波のものとなった。2ラップ目第6セクションでの藤波の5点の失敗は、そのまま黒山が最終ラップの9セクションで5点となったことによって、振り出しに戻ったのだった。
これでふたりのチャンピオン争いは、仮に黒山が2連勝しても、藤波は3位と4位に入れば決定するという計算。ここ数年、藤波が3位以下に落ちたことはないから、これは事実上チャンピオンに王手をかけたといっていい展開となった。
しかしもちろん、勝負は最後の最後まで、なにがあるかわからない。あと2戦、藤波貴久は黒山健一を相手に、4年連続全日本チャンピオンを目指して全力で戦う決意を胸に、新潟をあとにした。
なお、藤波、黒山、小川、成田匠(ヤマハ)の4名は、この1週間後にフランスで開催されるトライアル・デ・ナシオンに向けて渡欧する予定だったが、ニューヨークのテロ事件の影響で今後の世界情勢がどうなるかわからず、空港閉鎖などの可能性もあることから、4名は協議の結果、今回の参加は見合わせることとなった。
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