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SUZUKA 8h
ホンダが送り出すVツインのマシンへの関心は高まっていた。その秘密のベールを脱いだのは、2/6-8のオーストラリア、フィリップアイランドのワールドスーパーバイク(WSB)合同テストだった。日本の4メーカーのトップライダーが揃うテストで、初日、コーリン・エドワーズが、2日間、3日目、伊藤真一がVTR1000SPWでトップタイムを叩き出した。更に3/6-7の全日本ロードレース開幕戦(鈴鹿)事前テスト最終日に伊藤真一が2分07秒台のタイムを叩き出し、従来の鈴鹿のコースレコードを約2秒も短縮。大きな手応えを得る。


WSB開幕戦、優勝!
3/20、WSB開幕戦南アフリカ。照り付ける強い陽射し、荒れた路面、ウエルコムは、勝つことの難しいコースだ。今季のWSBは、日本の4メーカープラス、ドゥカティ、アプリリア、そして、ビモータも加わり、7つのメーカーが凌ぎを削る激戦。そこに、デビューマシンで乗り込んだエドワーズが難なく勝利を飾る。2レース目、連覇とはならなかったが、2位で表彰台に上り、VTR1000SPWの戦闘力の高さを遺憾なく発揮する。

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ル・マン24時間耐久、優勝!

勝利の報告 4/16、全日本ロードレース選手権第2戦MINEサーキット決勝で、伊藤真一が、僅差の2位となった夜、ホンダのスタッフが、食事を終えた時、ひとりの携帯電話が鳴った。「エッ、勝った!」と驚く顔を見て、見守っていたスタッフに笑みがこぼれた。フランス、ル・マン24時間耐久レースに出かけていたスタッフからの勝利の報告だった。

3人の精鋭が挑んだ戦い フランス・ホンダチームが、24時間耐久のために選んだライダーは、過去、2度の表彰台を経験しているコステス、そして、シャーペンティア。二人は、ワールドスーパーバイクと併催されているスーパースポーツで活躍するライダーだ。そして、GP500に参戦しているフランス期待の若手ジムベールを選んだ。

初ライド 3人のフランス人が、揃ってVTR1000SPWでテストをすることはなかった。ジムベールは、一度もテストすることなく、ル・マンに駆けつけなければならなかった。レースウィークに始めての走行となったが、それでも、マシンの感触に満足の表情を浮かべた。

トップでレースをリード(開始1時間から2時間) コステスが予選コンマ2秒差の2番手を獲得。決勝日は、強い風が吹き、気温も低い。それでも、ヨーロッパ全土から駆けつけた9万人のファンの声援は、毎年、変わらず熱い。決勝朝のウォームアップでは、雨が落ち、風が吹く悪天候だったが、徐々に、路面は乾き始め、タイヤ交換のため、イレギュラーのピットイン。そこから追い上げ、26ラップ目には、首位に躍り出る。

2位へポジションダウン(3時間から7時間)トップに立ち順調に周回を重ねるが、その背後にスズキが迫り、68周目、トップの座を明け渡す。天気は回復、晴れ間が覗く。だが、風は強さを増し、高速S字のダンロップコーナーでは、風の影響を受け、コースアウトするライダーが続出。その悪コンディションの中でも、2位をキープ、暗闇が支配する夜の戦いへと突入。日暮れと共に気温が下がり、雨が降り出す。

22時45分、転倒(8時間から10時間)
235周目をクリアした時だった。シャーペンティァが転倒、自力でピットインするが、ブレーキ破損が確認され、20分のピットストップを強いられる。そこからコース復帰するものの、トップから6ラップ後れの4番手とポジションダウン。

2位まで挽回(11時間から18時間) 午後2時32分、トップを走るスズキが転倒、変わってトップはヤマハだが、トップの背後に迫るまでにホンダは挽回。深夜の気温は、マイナス2度、過酷な戦いが続く、だが、勝利の可能性が、スタッフを奮い立たせる。

再びトップ浮上から、脱落、そして挽回(19時から23時間) トップ、ヤマハと同一周回に持ち込んでからの追い上げはすさまじく、周回遅れを交わし538周目に、遂にトップに立つ。だが、581周をクリアしピットイン、ライダー交代時に、ブレーキパット交換の時間を取られ2位へ脱落。トップに1周半ものビハインドを広げられてしまう。そして、その後方には1周差とスズキが迫っていた。だが、残り、2時間をきるころには、挽回、トップに迫りトップに返り咲いた。

残り45分で雨が落ち出す波乱を潜り抜け、 勝利を掴む。 残り45分、雨が落ち始める。その波乱の展開に動じることなく勝利を目指した。14時45分、最後のライダー交代で、シャーペンティアが勝利のチェッカーを目指す。観客が、伝統のル・マンを制した英雄を祝福しようとなだれ込む。その熱狂的な声援の渦の中で栄光のチェッカーが振り下ろされ、長く辛い戦いに終止符が打たれた。ホンダにとって、5年ぶりの勝利の瞬間だった。

勲章 24時間耐久の厳しさは、そこに立ち向かったものでなければわからないだろう。自然環境の変化に加え、睡魔と闘い、トラブルと戦う。転倒車が落とすオイル処理のために何度も入るペースカーに走りのリズムを乱され、夜間走行の恐怖と戦う。だが、トップライダーたちの多くは、どんな困難な状況でも昼と夜のタイムが大きくは、変わらない。高いアベレージ能力を持ち、そのライダーを支えるリカバリー能力の高いスタッフたちが、ただ、ひたすら、勝利を求めるのだ。そこで、勝利をもぎ取った自信は、ライダー、チーム、マシンにとって、何にも代え難い勲章だ。デビューしたばかりのVTR1000SPWは、その栄誉に輝いた。


鈴鹿8時間耐久へ ル・マンに送られた開発スタッフは、たったひとりだった。3月からフランスに赴き、24時間の戦いを一睡もせずに見守り、感動の勝利を得ながらも「勝てるとは思っていなかった」とつぶやいた。その言葉に嘘はない。そう簡単に勝てるレースではないのだ。その貴重な勝利を得て「24時間で得た貴重なデータは、8耐に確実にフィードバックされます」と語った。


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