
NSX本来の性能を引き出すには、「ノーマルの状態がいい」とあらためてお伝えしたいですね。ご存知のようにNSXは、運転のしやすさと世界第一級の運動性能を両立するために、まさに「ここしかない」と思われるベストバランスを見いだすべく開発を行いました。 そのため、何かを変えるとそのバランスが崩れ、Hondaが膨大な時間をかけて開発を重ねて到達した性能レベルを確保できなくなるのです。

しかし、趣味性の高いスポーツカーですから、スタイリングなどに自分なりのこだわりを注ぎ込みたい気持ちも、パーツを変えて性能の変化を楽しみたい気持ちもわかります。 ですから、ひと通りカスタマイズを楽しまれたあと、最終的にノーマルに戻るのはいかがでしょうか。いま全国のNSXクラブをお訪ねしていますが、そうおっしゃる方が増えているように感じます。ご年齢とともに、落ち着いてノーマルに戻してNSXを楽しもうという方に多く出会うようになりました。

ノーマルにすることが、NSXの優れたコーナリングでの安定性を引き出すベストなアプローチであり、結果的にサーキット走行などでもより安全に走ることができ、長く楽しんでいただくことにつながると思います。 今回は、その例として、純正タイヤがいかにNSXのコーナリング時の安定性に寄与しているかを、少し力学的にご説明いたします。参考にしていただければ幸いです。

クルマが旋回状態に移ることで、リアにもスリップアングルが生じます。それでリアにもコーナリングフォースが生まれ、前後のコーナリングフォースの合力=「求心力」が「遠心力」と釣り合い、クルマは安定してコーナリングします。 旋回の過渡から定常状態に移ろうとするとき、遠心力はクルマの重心に働きますが、求心力は、前後のタイヤ性能のバランスによって重心より少し後ろに働くように設定するのです。こうすると、重心のまわりに「ステアリングを切った方向と反対まわりのヨーモーメント」(=復元力)が発生し、「ステアリングを切った方向に回ろうとするヨーモーメント」とバランスしてクルマが安定します。いわゆる弱アンダーステアの状態です。

緻密にバランスをとった純正タイヤから他のタイヤに変えると、このバランスが崩れるため、要はコーナリング中の安定性が低下するわけです。 NSXはミッドシップリアドライブですから、前後の重量配分はおよそ40対60でリア荷重が大きい。したがってリアのタイヤを相当強くしないと求心力を重心より後ろに持って来れないんです。 一般のリプレイスタイヤは、どのクルマにもある程度合うように汎用性を持たせて設計してあり、多くは前後の重量配分をもっと前寄りに考えています。たとえば、50:50とか60:40にですとかね。そういうタイヤをNSXに履かせるとリアが弱く、求心力の働く位置が前寄りになり、復元力が小さくなってニュートラルステアやオーバーステア傾向が強まり安定しにくくなります。ニュートラルステア=安定と思いがちですが、ニュートラルステアでは重心まわりに復元力が働かないので、外乱があった場合挙動の乱れが収まりにくく、安定しにくい状態なのです。 安定させるには、ドライバーがステアリング操作やスロットルワークを細かく行い、クルマに働く「ステアリングを切った方向に回ろうとするヨーモーメント」や「外乱」を消さなければならない。これにはきわめて高度な技が要求されるわけです。

また、コーナリングパワーといって、コーナリングフォースの立ちがり方に関する性能があります。NSXのタイヤは、ハンドリングレスポンスを良くし、なおかつクルマを安定させるために、コーナリングパワーをきわめて高く設計しています。ですので、クルマが旋回状態に移ったとき、リアにスリップアングルがついたら素早くコーナリングフォースが発生し、復元力を瞬時に発生させることで安定してコーナリングできるようにしています。 それは、前後でタイヤサイズと扁平率を変えているといった単純なことではなく、タイヤの内部構造や使用するベルトの材質に至るまですべて緻密に設計されています。ですから、サイズを合わせても純正タイヤの前後バランスを再現することはできません。

実際にタイヤを変えたNSXに乗らせてもらったことがありますが、純正タイヤを履いたNSXが持つ安定性の高さとはほど遠く、走りの楽しさがスポイルされていることを実感しました。サーキットのような限界の走りだけではなく、一般道の走りでもそうです。たとえ、時速40kmで走っていてもはっきりわかります。 「これは、私が開発したNSXではない…」 というのが正直な感想です。ぜひ、純正タイヤを装着し、NSXの本来の走りの楽しさを味わっていただきたいと思います。

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