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まずは、ピストン&コンロッドの気筒間相互重量バランス取り。これは、各部品の製造段階で実行される。ベースのNSXと比較して、気筒間の重量差をおよそ2分の1に抑えている。こうなると、各シリンダーに納まるピストンとコンロッドの重量は、“同じ”といえるくらいだ。しかも、わずかな重量差を6つの気筒間でバランスさせ、回転体として見たときの重量の片寄りを低減するのがこの工程である。したがって、1番シリンダーにはこのピストンとコンロッド、2番シリンダーにはこのピストンとコンロッドというように、きっちりと決められて製造の現場に運ばれるのだ。
そして、実測によるメタルクリアランスの管理。これは、クランクシャフトを支えるシリンダーブロックの軸受けに使用するメインベアリングメタルの厚さの管理のことである。
この、メインベアリングメタルのわずかな厚さの違いにより、クランクシャフトが締め付けられ気味になったり、遊びによって回転に偏心が生じたりする。“締め付け”とか“偏心”とか書くと、技術的な問題のように感じるが、通常のエンジンとしては、まったく問題のない範囲での“締め付け”とか“偏心”であることをお忘れなく。すべてが究極の精度を追求する「R」レベルでの話だ。これまでのNSXの場合、軸受けの穴の大きさとクランクシャフト径を、数段階に分類して色分けしていた。
つまり、“軸受け穴が白で、クランクシャフト径が赤の場合はこのメタルを使う”といった具合。しかし、NSX-Rの場合は、マイクロメーターにより各径が実測され、ミクロン単位でメタルの厚みを管理するのだ。メタルの厚みをあわせる照準は、NSXとして定めた許容範囲の上限。フリクションを低減し、より気持ちよく回る方向へ高精度にメタルクリアランスを合わせていくのだ。
このファクトリーを訪れて、もっとも驚かされたのがこの工程。フライホイール/クラッチ/プーリーまでを組み込んだクランク系精密バランス取りの工程である。先ほども書いた通り、通常のエンジンでも、各パーツ単体の重量管理は行っている。クランクシャフトも、単体で回して回転重量バランスは取っている。しかし、クランク系をわざわざ組み上げて回し、回転重量のバランスを取るなど、一般的なレーシングエンジンでも行っていないかも知れないという。その工程が実に大変なものなのだ。
組み立て現場から少し離れた場所の、ほんの小さなスペースでそれは執り行われる。クランクシャフトの台座をのせる作業台と、吊り上げ用リフト、そしてこのファクトリー随一の精度というバランス計測マシンが一台。作業に当るのは、通常はクランクシャフトなど鉄製部品加工グループのチーフを務める野村和敏。社歴22年のベテランである。
まずはクランクシャフトを台座にのせ、ピストンとコンロッドを想定したバランスウエイトを装着。クラッチカバーとベルトを架けるプーリーは、再度組み上げる時に、回転軸まわりに同じ角度で取り付けられるよう油性のペンでマーキングする。そして、リフトで吊り上げ、バランス計測マシンへ移動。軸受けを固定し、プーリーにベルトを回して回転。回転軸まわりの重量の片寄りを測定する。結果は、回転軸まわりの何度の場所に何グラムの重量の片寄りがあるという数値データで現われる。
計測後リフトでふたたび台座に移し、フライホイールあるいはプーリーの内側を、結果にもとづきハンドドリルで削り取って重量をあわせるのだ。削るのはほんの一瞬。わずか数グラム、あるいは1グラム以下である。どれだけドリルを回せば、どれほど削れるかは技術者のノウハウだ。
加工をほどこしたあと、再度バランス計測マシンに移し計測…という工程を繰り返す。リフトにのせて台座と計測マシンの間を往復するこの作業は、見ていていかにも面倒くさそうな工程なのだ。めざすバランスを取るまでに、場合によっては1時間も2時間も時間を費やすという。しかし、この作業を担当する野村はこう言った。
「はっきり言って大変な作業で、本当に市販エンジンのためにこんな作業を行うのか?というのが当初の正直な気持ちでした。でも、やるからにはベストをめざそうと。何しろRですからね。実を言うと、設計から提示された目標値を大きく上回るレベルまでバランスを煮詰めています。おそらくトップカテゴリーのレーシングエンジンも、ここまでやっていないだろうというバランスです。これは効くと思いますよ」
こんなこだわりのエンジンをのせたスポーツカーを手にされたオーナーは至福の限りだろう。 |
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まずはクランクシャフトを台座にのせ、クランクまわりのパーツを組み付ける。上の写真は、クラッチカバーを取り付けていることろ。 |
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ペンによるマーキングの様子。ここで組み上げ、バランスを取ったクランク系は、再度ばらして組み上げ現場に運ばれる。そのとき、クラッチカバーやプーリーを、バランスを取った時点とまったく同じになるよう組み上げるためにマーキングを行うのだ。つまり、ボルト1本まで統一性を図るのだ。 |
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フライホイールの内側を削りとっている様子。ハンドドリルをほんのひと回し。ドリルを回す時間と削り取る量は、技術者のノウハウ。もちろん、穴を貫通させることはない。穴の奥行きはほんの浅いもので、上限は決められている。計測マシンにのせるときは、軸受けにわずかでもゴミを噛まないよう念入りにチェックする。 |
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