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マイナスリフトの前後バランスを煮詰め サーキットの限界走行とともに走りを研ぐ。 |
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空力操安によりコントロールクオリティを高めるために、チームは一丸となって統合的な開発に取り組んだ。 風洞でいい数値を出したセッティングを高速テストコースに持ち込み、マイナスリフトによる高速限界の向上を見るだけでなく、高速域のコントロールクオリティを検証するさまざまなテストを行った。 鈴鹿サーキットの第1コーナーのような高速からブレーキングしてターンインする状態を再現したテスト、S字のような切り返し、スプーンコーナーの2つ目のようなコーナリング中の切り増し時の挙動など…。そうしたテストでコントロールクオリティを高めるよう、テスト現場でセッティングを変えてそれをまた風洞で計測。さらにそれが、限界性能を引き出し、タイムを出す走りにどう効果をもたらすかを検証するために、サーキット走行のエキスパートである大久保に走り込んでもらう。またその結果を風洞にフィードバックし…という開発を延々繰り返したのである。さらに塚本や上原が総合的な観点で走り込む。 Hondaを代表する走りのエキスパートたちが、まさに総力を結集してつくり上げた、贅をきわめた走りがNSX-Rに込められているのだ。 |
そうした膨大な実走テストの指標となったのが、マイナスリフトの前後バランスをどうとっていくかということだった。テストでの検証と開発スタッフが考える理論的なバランスはほぼ一致していた。そのバランスとは、マイナスリフトを前後重量配分と同じ配分とする考え方である。 ステアリング操舵時の挙動を左右するステア特性は、クルマを真上から見たときの横方向の動き、ヨーイングの特性として捉えることができる。ヨーイングは、前後のタイヤが発生するコーナリングパワーのバランスによって左右されるのだ。コーナリングパワーとは、タイヤの応答性のシャープさを示すもの。マイナスリフトでクルマを路面に押し付けると、タイヤにかかる垂直荷重が増えてコーナリングパワーが増大する。したがって、マイナスリフトをうまくバランスさせてやることで、ステア特性をコントロールできるのだ。 空力が問題とならない低速で、タイヤにかかる垂直荷重を決定しているのは車両の前後の重量。つまり、高速においても前後重量配分と同じバランスでマイナスリフトを発生させれば、低速時と同じコーナリングパワーのバランスとなり、低速から高速までリニアなハンドリング特性が得られ、きわめてコントロールしやすいクルマとなるわけだ。また、クルマを路面に押さえ付けるマイナスリフトの効果により、ブレーキング時や加速時のピッチング、ターンイン時のロールも少なくなる。 たとえば鈴鹿サーキットの第1コーナーへの進入時に、アクセルを戻すような操作をしてもNSX-Rはスピンなどの急激な挙動を起こしにくい。なめらかにフロントがインに入るような挙動になるという。当然ながら高速コーナーも安定しているため、サーキットでよりタイムを稼ぐ走りが可能となるのだ。 |
新家と小澤の手を離れたNSX-Rは、さらにさまざまなサーキットを走り込み、速さとドライビングプレジャーが研ぎ澄まされていった。月日を追うごとに「速い!」「走り終わったあとに体が震えるような感動を覚える」といった高い評価を受ける。新家自身も鈴鹿サーキットのテスト走行を行い、めざした操縦安定性、高速での走りの質の高さに我ながら心底感動したという。ひとつの夢が、自分のなかで確実に実現したという幸福につつまれた。 そのとき新家は、マイナスリフトが出始めた頃、夜の高速テストの現場に何の前触れもなく上原が現われたときのことを思い出した。エンジニアとしては、納得の行くレベルまで追求してから試してもらうのが常識。それを上原は突然現われた上に、「ちょっと乗っていい?」と開発途上のクルマに乗り込んだのである。新家はそのとき「これで終わりか…」と思ったという。マイナスリフトは出ていたものの、まだ満足いくレベルではなかったからだ。その過程のクルマに責任者が乗り、「なんだ、大したことないな」と言われれば、ボンネットに穴を開ける大変な開発など即刻NGとなってしまう。新家は正直緊張した。まだ乗ってなどもらいたくなかった。 高速周回路を思うままに走り、降りてきた上原は「いいじゃない」とひと言いって立ち去ったという。そのとき新家は、「やったこれでボンネットの穴が採用される!」と思った。いかにも、NSX開発チームらしい逸話である。 |
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NSX Press vol.28 2002年5月発行 |