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ついに風穴が開けられた。 | |
穴を開けると聞くと、いかにも簡単そうである。しかし、ボンネットに穴を開けることにより、新たに膨大な開発項目が発生する。 ボンネット内にエアダクトが鎮座することにより、今までフロントのラゲッジルームに収まっていた、スペアタイヤをはじめとするパーツ類を移動しなければならない(NSX-Rでは、スペアタイヤを部品として対応。リアトランクルーム内に固定する方式をとっている)。 しかもその場合、その場所での設置耐久性などを確認しなければならない。そしてエアダクトに雨や雪が入った場合でも大丈夫かどうかの確認。衝突した際の安全性の確認など…。現にNSX-Rでは実際、北海道・鷹栖のテストコースで雪の中を走り込んでいる。 これだけでも市販車のボンネットに穴を開けるということが、いかに大変なことか分かってもらえるだろう。 しかし――。NSX史上最速のサーキットラップタイムと感動的なドライビングプレジャーをめざすには、躊躇など必要ない。その目標を実現するために欠かせないものであればチャレンジすべきである。開発責任者の上原は、性能が出ることを前提にこれを了承した。 新家は、さっそく自分の所属する部署のもうひとりのスタッフとともに、テスト用のNSXのボンネットフードに穴を開けた。研究だけでなく、板金などちょっとした試作も彼らの仕事。ちょうど真ん中、わずかにフロントガラス寄りに開けた穴に、見栄えのいいトリムをデザイナーの早内に依頼し製作してもらった。ボディ下面にはとにかくフラットなアンダーカバーを取り付けた。 さあ、緊張の風洞。所定の場所に置かれた、風変わりなNSX。開発者自ら開けた穴に、色違いの樹脂製のトリムを取り付けている。しかし、スタイリングは悪くはない。なかなかアグレッシブでいい。上品でさえある。NSXに憧れてHondaに入った新家はそう思った。あとは性能が出るか否かだ。 巨大なファンが奥で回り、風が起る。風速が上がり、揚力計に数値が現われた。しかしいまだ「プラス」。レーシングカーのように下面をフラットにすればダウンフォースが出るという二人の予想は覆された。しかし、アプローチとしてはこれ以外考えられない。新家は、ありとあらゆるボディ下面のカバー形状を試した。テスト車をジャッキアップし、ボディ下面をなめ回すように見つめ、アイデアを絞り出した。 そして、フロントのホイールハウスへの吹き込みを抑制する縦フィンをつけることで、フロント下面に滞っていた空気をスムーズにリアまで流す手法を見い出した。その試作パーツを付けて高速走行テストしてみると、実にコントローラビリティがいい。時速200kmで不意に現われた障害物をよけることを想定したテストでも、ピタリと挙動が安定したのだ。さっそくそのテスト車を風洞に持ち込んでみると、揚力計には「マイナス」の数値が現われた。追い求めていたマイナスリフトが発生したのだ。振り返ると、小澤が満面の笑顔で見つめている。新家は、今回の開発で一番印象に残ったのがこの小澤の笑顔だとのちに語っている。 |
高速でリニアリティに優れたハンドリングを実現する。 それは市販スポーツカーの夢。 |
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空力を利用し限界性能を向上させることは、レーシングカーの世界では当たり前の事実。しかし、市販スポーツカーによる空力のアプローチは、単にカタログ的な魅力あるスペックで性能が伴わないことが少なくはない。それは、200km/h以上でステアリングを切ったときの挙動を試してみればわかるという。新家は、さまざまなクルマで高速の挙動をテストしている。しかしその結果に、新家は首を傾けざるを得なかった。 NSX-Rでめざしているものは違う。操縦安定性を高める手段として、積極的に空力を利用しようという考えである。これをHondaは、「空力操安」と称した。「空力」による「操安(操縦安定性)」というダイレクトなネーミングだが、実にわかりやすいではないか。 NSX-Rの空力操安の狙いは、高速域の操縦性の質を高めること。マイナスリフトによって走りの限界を高めるだけでなく、高速においてもしっかりとしたステアリングの手応えを持続させ、ブレーキングしたり、ステアリングを切ってクルマをターンインさせるなど挙動変化を与えたときの安定性を高める。そして限界付近の挙動をリニアにし、扱いやすくすることだ。 そうすればより安心して高速走行ができ、その気になれば安心感を武器にサーキットを攻められる。いくらパフォーマンスを上げても、攻められるクルマでないとドライバーは速く走れない。パフォーマンスと操縦の質〜コントロールクオリティの両方を高めることで、タイプR史上最速をめざすのがNSX-Rの開発目標なのだ。 |
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NSX Press vol.28 2002年5月発行 |