さわやかな風が吹き抜け、緑の木々が揺れる。
気圧の差異によって加速された空気は、木の幹や葉の存在など眼中にないかのように体当たりを食らわせ流れ去っていく。葉は、風に押し曲げられ、あるいは表裏の風の通加速度の違いによって生まれる揚力の変動で激しく波打つ。その葉を支えるのは、いかにも華奢な軸である。しかし、どんなに強い風が吹いても、簡単にちぎれてしまうことはない。
木や花の葉を、そんな疑問を抱きながらじっくりとご覧になったことがあるだろうか。よくよく観察すると、葉を支える細い軸は、力学的に見て理想的なカタチを成しているらしい。軸の両端の、葉や枝に続く部分のカーブは、応力を集中させにくい複雑なRを描いているというのだ。この、恐るべき自然の合理性を、NSXのアルミ鍛造サスペンションアームは採り入れていた。
「何となく無機質なカタチに見えないでしょう」と、NSXのシャシー開発に古くから関わっていたホンダ技術研究所の瀧敬之介はいった。
なるほど、あらためてNSXのサスペンションアームを眺めてみると、まるで俊足な動物の骨のようである。単にアルミ鍛造化、つまりは材料置換によって従来のアームを軽くしただけではなかった。NSXのサスペンションアームは、自然界にまで思いをめぐらしながら構造を突き詰めた、芸術の粋にまで達するものだったのだ。
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植物の葉の軸もそうだが、生き物の骨の付け根も単純なRを描いていない。いくつものRが複合して滑らかな曲線を描いている。これは力学用語で、“複合R”といわれるもので、応力の集中を防ぎ、「継ぎ」の部分の強度を高める。ひとつの単純なRだと1点に応力が集中するため大きく強度が落ちてしまうのだ。
一般のスポーツカーのサスペンションアームをご覧になればわかるのだが、たとえそれが軽量なアルミ材を使ったものでも、いわゆるスチールでつくるものをアルミでつくったというものに近い。もちろん、アルミはスチールに比べてヤング率が低いため、そのままの形状で同じ剛性を確保しようとするとスチールの時より太くなるので構造的な詰めが必要だが、NSXのような生き物の骨のごときものは見当たらないといっていいだろう。
複合Rは、サスペンションアームのなかにくり抜かれた三角穴の各頂点のRなどに採用されている。また、その部分に両生類の水掻きのような薄膜がつくられているのも、自然界から学んだ強度アップとつくり易さのための工夫である。こうして強度を上げることにより、アームの太さを1ミリでも細くでき、1ケ所で何十グラムかの軽量化になるのだ。
そしてもうひとつ、NSXのサスペンションアームを見ていて気づくことはないだろうか。そう、三角形の穴がやたらと多く、ぐにゃりと微妙に曲がって見えることである。レーシングカーや少量生産のスポーツカーなどで、軽量化のために丸く部材をくり抜いているのをご覧になったことがあるだろう。
しかしNSXは、丸ではなく複雑な形をした三角でくり抜いている。これも、力学的に有利な“トラス”構造にこだわったからである。
この構造力学用語を聞いたことがある方は少ないだろうが、実は多くの方がそれと気づかずトラスを目にしている。消防署のはしご車の、長いはしごを描くとしたら皆さんはどうするだろうか。おそらく、2本の平行線を引き、その間をジグザグとつなぐのではないだろうか。それによってできる三角構造がトラスなのだ。はしご車に限らず、鉄橋や鉄塔などもみんなトラス。そして、実はF1のサスペンションもそうなのだ。F1を見ていて、あんな細いアームでよくも時速300kmで走るレーシングカーを支えられるものだと、素朴な疑問を抱いた方は多いのではないだろうか。
その疑問の答えが、トラスなのだ。
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NSX Press vol.24 1999年10月発行