図A-C
図AはF1のフロントサスを真上から見た模式図で、太い矢印はブレーキング時にタイヤにかかる後ろ向きの力をあらわしている。
ブレーキング時に強い力がかかった時、前のアームは引っ張りの力を受け、後ろのアームは圧縮の力を受ける。金属材料は、曲げには弱いが引っ張りと圧縮には強いという性質がある。つまりトラスは、曲げの力がかからないよう、外力を引っ張りと圧縮の力に変換する構造なのだ。
続くB図は一般車のフロントサスの模式図だが、ボディ側の取り付け位置の問題やダンパーの配置、タイヤの舵角が大きいなどの理由により、きれいなAアーム形状を取ることができない。すると、たとえばブレーキング時には、後ろのアームに曲げの力がかかってしまうのである。
しかし、C図を見てほしい。B図のアームに1本追加してトラスとしている。こうなるとすべて引っ張りと圧縮に力が変換されるため外力に強い構造となり、アームをより細く軽くできるのだ。
NSXは、考えられる限りのトラスをアームに採用し、極限の軽量化を実現した。前後ではなく上下の力に対しても部材の厚みの変化により形状的な力の受け方をしている。だから、微妙に曲がっているように見えるのである。
これほどまでに凝ったサスペンションアームがボディの下に静かに存在し続けていたとは、おそらくオーナーの皆さんもご存じなかっただろう。まったく、NSX開発陣のこだわりには驚かされるばかりである。
デビュー当時、このNSXの見慣れないサスペンションアームを、米国の代表的な自動車雑誌は「Artofsuspension」と表現し賞賛したという。
「どうせ高価なアルミ鍛造にするなら、そのメリットを活かして徹底的に強度設計にこだわり極限の軽量化に挑んでやろう」そう瀧は考え、「そんな複雑な形を鍛造でつくるのは無理ではないか」というスタッフに、無理を承知で気が遠くなるほど製法上の試行錯誤をくり返し、初志を貫徹したのだ。
さらにもうひとつ。新たなスポーツカーの出現と謳われたNSXのサスペンションの乗り心地のための工夫を紹介したい。
それは、フロントにある“コンプライアンスピボット”である。NSXは、レイアウトやリアルスポーツ性の要求から低いフェンダー高とアライメント自由度を確保するために、コンパクトなインホイール型ダブルウイッシュボーンを採用している。インホイール型ダブルウイッシュボーンそのものは、レーシングカーでは一般的で、いくつかのスポーツカーが採用しているが、それらはどれも乗り心地の悪いものだった。
プロトモデルのレイアウトがはじまった頃、研究用の試乗車としてインホイール型ダブルウイッシュボーン採用のアルピーヌ・ルノーが届いたとき、瀧は待ち構えていたように試乗した。しかし、テストコースに出るまでもなく、途中の連絡路をゆっくり走っただけで乗り心地の悪さに失望せざるを得なかった。
「人間を重視するはじめてのスポーツカーをつくろうというのに、こんな乗り心地ではとうてい問題にならない。インホイール型はだめなのか」と、瀧は思ったという。何とか解決しなければならない。考えに考えるうちに、スポーツ走行時にもサスペンションのアライメント変化を最少としつつ、タイヤに入る前後入力を“いなす”方法がひとつ見つかった。
前方アームの車体側の取り付け点に可動式のピポットを設ける、コンプライアンスピボットという新機構である。シミュレーションで徹底的に検証するうちにきわめて有効であることが確かめられた。
次は、プロトモデルに取り付けてのテストである。
コンピュータ上はOKだが、実車で果たして上手く動くのか。
正直、瀧は不安だった。そこで、だめだった場合に素早く組み換えてテストの時間を無駄にしないよう、ピボットを固定した部品を瀧は隠し持っていた。しかし、それはめでたく取り越し苦労に終わった。
コンプライアンスピボットはねらい通りの働きをし、操縦性と乗り心地を高次元でバランスさせる素性のよさをみせたという。
当然ながらこの機構だけではなく、ボディ剛性とスプリングレート、ダンパー減衰率の関係や、力が加わったときのブッシュ効かせ具合など微妙な調整によってそれは仕立てられたのである。
残念ながら、芸術的なサスペンションアームを実車の外から見ることはできないが、フロントサスペンションのコンプライアンスピボットは見ることができる。 サスの前方付け根、上下に走る三角型の穴の空いた部品である。
穴を開けたのは軽量化のためであるが、通常、こうした部品の穴開けは先ほども触れたように丸型である。ドリルで抜くだけでよく、作業の手間もコストもかからない。しかし、この部品の設計者はあくまで三角にこだわた。その理由は単純に見栄えがいいということに加え、丸より三角の方が多く削られ、数十グラム多く軽量化できるからでもある。
NSXのこだわりは、ここまでに及んでいるのだ。もはや唸るのみである。
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NSX Press vol.24 1999年10月発行