レカロシートをクルマに標準装着する場合、搭載するコクピットにフィットするか否かを基準に調整が行われるのみで、シートそのものはレカロの既製シートを用いるのが普通である。あるいは、表皮のデザインをオリジナルにする程度だ。
しかし、NSXの開発陣の要求は違っていた。究極の軽量化と、最高の座り心地を両立させたいというのだ。わずか1gの軽量化に血眼になっていた彼らにとって、それは当たり前の要求だった。常識的なスポーツカーでのシートの軽量化は、グラスファイバーによって行う。
NSXの場合も、当初グラスファイバーで試作が行われた。そのときの重量が一脚約8kg。NSXの開発陣は、即NGを出した。一脚5kgにしたいというのである。こうなると残された手はひとつしかない。真に究極の複合素材、カーボン・アラミド・コンポジットの採用だ。レカロのスタッフは、コンペティションカーにしか使用されない高価な素材であるため、「おそらく採用されないだろう」との思いを胸に押し込め、NSX専用のシェルを試作した。しかし、今度はあっさりとOKが出たのである。強度も充分、重さも充分だからだ。実に明快。レカロのスタッフは、信じられない思いだった。
彼らの信じられない思いはなおも続くことになる。バックレストやサイドサポートのウレタンパッドの形状を決める段階である。これに対し、NSX開発陣はドイツのニュルブルクリンクでテストしたいからデザイナーを派遣して欲しいという。
これもまたはじめてのことだった。1台の量産車のために、パッドをチューニングしにサーキットに出かけるなど前代未聞のことだったのだ。
しかし、レカロスタッフはニュルでのライブ感覚あふれるチューニングを大いに楽しんだという。22kmあまりの難コースをNSXのテストドライバーやレーシングドライバーがわずか1周走ってきただけで、ランバーサポート(腰骨を矯正するパッド)の位置が10mmずれているとか、サイドをもう5mm薄くして欲しいという要求が矢継ぎ早に出されるからだ。そのたびに手作業でパッドを削るなどの加工を即座に施し、さらに煮詰める…。テスターの感覚の鋭さに驚きながら、非常に効率的に高度な開発が行えた。こうして、こだわりのレカロさえも驚かせるほどのステップを踏み、NSXの専用レカロシートは生まれたのだ。
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