NSXを駆って、海外のスポーツカーイベントに出場すると聞けば、誰もが限られた人たちの贅沢な遊び…と思うことだろう。確かに贅沢な遊びではある。しかし、“限られた人”というのは違う。このたび、念願の夢を実現したオーナーのタスマニア参加までの足跡を知れば、きっと得心いただけるだろう。
鈴木氏は、剣道は三段の腕前だが、レースの経験などない。クルマに乗ったのはNSXの3年のみである。レーシングスクールに通ったわけでもなく、ミーティングに参加し、自分なりに腕を磨いた程度。しかし、彼は参加を決意した。順位を競うのではなく、美しい景色の中を自分なりの全力で走ってみたい…と強く願ったからだ。動き出したのは'97年6月。タスマニアに参戦するには、国際C級ライセンスを取得しなければならない。そこで、筆記試験のみの国内B級を推薦で免除してもらい、JAF承認のジムカーナに1戦出場・完走が条件の国内A級を8月に取得。自分のノーマルNSXで参加、エントリー費は数千円。これでいよいよ国際C級にチャレンジできる。これは、レース2戦かジムカーナ6戦相当の参戦・完走が条件。鈴木氏は、費用を抑えるため、レース1戦ジムカーナ3戦を選択。レースは、スターレットEP71による筑波のスプリントレースに参戦した。スターレットとメカニック2名によるメンテナンスをパッケージでレンタルしてくれる土浦のレーシングチームを紹介してもらう。およそ10万円のレンタル料と4万円のエントリー費、ブレーキパッド、オイル、タイヤの消耗品5万円の費用で参戦。上級車のインプレッサが混走するというハプニングと雨という厳しい条件ながら9台出走、5台完走中の4位に食い込んだ。1位の90%の周回数がなければ完走扱いとならないため、極度の緊張の上に獲得した完走だ。ジムカーナも大変だった。地方選手権以上の大会が条件なため、強者ぞろいの難コースなのだ。おまけに9月。年内は3戦しか残っておらず、1戦でも完走できなければタスマニアに間に合わないのである。緊張のためか、第1戦の1本目はミスコース。失格。午後の2本目が勝負となった。昼食もとらずにコースを覚え、何とか完走。ノーマル車で参加できるAクラスだが、無改造のクルマはほとんどない。おまけにジムカーナでは見慣れないNSXということもあり、車両移動で観客と間違われて誘導されたり、参加者からは不思議な目で見られたという。しかし、回を重ねるごとに覚えられ応援を受けた。エントリー費は1戦15,000円。タイヤもノーマルのままで消耗品も最低限で済んだ。苦闘の末に無事条件を満たし、12月に15,000円の更新料で国際C級を取得することができた。
そしていよいよタスマニアに向け、NSXの整備とエントリーに着手した。その項目とおよその費用を以下に記す。
まず、荒れた路面での接地性を上げるためにカンタムのショックアブソーバーとアイバッハのスプリングを装着(70万円)。安全性のためのロールケージ(35万円)。藤原氏がニュージーランドから安く入手してくれたフルバケットシート(3万円を2脚)。4点式シートベルト(8万円)。ラリーコンピュータ(10万円)。予備用ブレーキローター&パッド(20万円)。インターコム(ヘルメット込みで12万円)。消火器(5万円、輸出が難しいので現地調達)。
その他、オイル、新品のタイヤ2セット(1セットは予備、1セットで走りきれるだろうとのこと)。クルマの輸出・輸入書類(3万円)。JAF・メディカルカード&海外出場証明証(3万円)。エントリー費(40万円)。クルマの輸送(32万円、船)。現地サポート費(12万円)。その他、航空運賃、滞在費。この費用は決して安いとは言えない。しかし、熱烈な思いがあれば実現できないことはない。FIAの国際規格のレースに参戦し、準備を含めておよそ1年がかりの感動を得られるのなら、かけてみても惜しくはないのではないだろうか。そして何よりも、ラリー経験のない鈴木氏のように、努力すれば誰にでも出場権獲得のチャンスがあるのがこのタスマニアの魅力なのだ。
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