NSXのサスペンションは、インホイール型ダブルウイッシュボーンであることをご記憶だろうか。これは、前後ともアッパー/ロアアームをホイールの内側に内蔵する形をとったサスペンション構造。こうすることで、サスペンション自体の高さを低く抑え、ボディの全高を低下。理想的なアライメントを確保しながら乗り心地を良くするための工夫である。したがって、脚回りは非常に追い込んだ緻密な設計となっているのだ。
当然ながらレーシングマシンでそういう構造は取りにくい。50mmというオーバーフェンダーがゆるされていても、幅広のタイヤを装着しようとすると、どうしてもサスの行き場がなくなってしまうのだ。サスを支えるためとはいえ、ボディに新たな構造物をつくることは許されていない。
苦心の末、ダンパーを水平に装着して省スペース化できるプッシュロッドタイプを選択。プッシュロッドは、スタビライザーを支えるために新設したブラケットに固定。結果として、格段にコントローラビリティが向上。
―――災い転じて福と成す、レーシングカーづくりの妙味。さすが経験のある童夢ならではのブレイクスルーであった。

そして、忘れてならないのが空力である。
「NSXは、もともと床下の空気の流れが良かったんです。乱れが少なく、思っていた以上にディフューザーの効果が高く出ました。ディフューザーで性能が上がるということは、設計がレーシングカーに近いということなんですよ」と、奥氏はオリジナルNSXの空力の良さを評した。

レーシングカーは重量配分に相当するダウンフォース
を必要とする。ミッドシップのNSXは、フロントの重
量が軽いため前方のダウンフォースは出しやすい。し
かしその分リアは難しくなる。リアデッキが高いため
充分なウイング高が取りにくい。また、風も当たりに
くくダウンフォースを得にくい。
そこで浮上したのが床下の流れである。ここをつくり
込んでいくうちに、ダウンフォースはみるみる高まっ
たという。アクセサリーのフューエルアンダーカバー
は、たまたま床下の凹凸をなくし、グランドエフェク
ト向上に寄与した。
さらに奥氏は、エンジンを守る目的で独自にカバーを
設置。これも結果的に空力を向上させた。また、NSX
はもともと前面の投影面積が小さいため、ライバルよ
り空気抵抗的には断然有利。この点でもNSXのオリジ
ナルの設計の良さが大きく生きたのだ。
「それから、よく目を凝らしてフロントノーズを見て
ください。F1マシンのような吊り下げ型のウイングが
見えてくるでしょう。本当は、もっと派手にF1のよう
にしたかったんですが、あまりやり過ぎるとNSXのデ
ザインイメージを損ねますから、おとなしくまとめま
した」
なるほど見える、見える。ラジエターグリルとブレー
キ用のエアインテークを仕切る2本の支柱は、まさし
く翼端版をもつフロントウイングを吊り下げているで
はないか。面白い。レーシングカーにはやはりこうい
う“見どころ”があった方がいい。
ところでこのウイングは、すでに充分なフロントのダ
ウンフォースを増加させるための工夫ではなく、走行
中の変動を低減させるためのものだという。童夢なら
ではのユニークな空力デザインである。
その他にも、ホイールハウス内に渦巻く圧の高い空気
を逃がすためにオーバーフェンダーの形状を空力的に
突き詰めるなど、F1のテクノロジーを導入し、さまざ
まな空力的な処理が成されている。
―――しかし、エクステリアはきわめてシンプルであ
る。これを見るに、いたずらに“羽根”を増やすので
はなく、実質的な効果のみに集中し非常に高いレベル
でNSXGTマシンの空力が突き詰められていることが伺
い知れよう。
 次ページに続く
 
これがプッシュロッドタイプのダンパー(フロント)。タイプSのアルミモノコックをベースに、カーボンで仕上げたボディの剛性が想定していたよりも高かったため、サスペンションとタイヤは柔らかめに設定されたという。


社屋の右手、高野川のほとりにある童夢自作の風洞実験室内。ここで、NSX GTマシンの高度な空力デザインが煮詰められた。外から見えない、サスペンションアームの1本1本にまで空力が考え込まれているGTカーは他に例を見ないのではないだろうか。


童夢の奥氏が少々照れながら紹介したF1イメージの吊り下げ型ウイング。こうした空力パーツの一つひとつの仕上げまでが美しい。しかもシンプルで違和感がないため、NSXのこんなエアロバージョンが欲しいと思われるオーナーもいるのではないだろうか。


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NSX Press vol.20は1997年9月発行です。