そしてエンジン。これは、レース業界の寵児ともいえる無限の永長 真氏が陣頭を仕切り、徹底したチューンアップを行った。その詳細について永長氏は明言を避けたが、いわゆるレーシングエンジンに行われる高出力化手法が取られているという。
ただ、単純なオリフィス(絞り孔)タイプのエアリストリクターが装着されるため、吸気流速は音速以上になり得ない。そのため、あまり高回転を追求しても無意味。いくら回しても、“空気が入って来なければ”パワーは出ない。最大出力は、リストリクターの径と排気量でほぼ決まってしまうのだ。といっても、3.2リットルにボアアップされたタイプSのエンジンの排気量アップは3.5リットルが限界。マックスパワーは必然的におよその上限が決まるのである。
そこで考えられる手法は、トルクカーブの美しさの追求と、徹底的なフリクションダウンによるピックアップ性能の向上である。
吸排気系は、流体的になめ回すような執拗さで滑らかさと効率を追求。その他バルブタイミングとリフト量、圧縮比(燃料が決まっているのであまり詰められないが)、F1のように軽く短いピストンの採用、バルブ系の強化、潤滑系の強化、塵を積み上げるような回転フリクションの削り取り…などのアプローチがなされている。そして、性能を上げるためのもうひとつの手法、低重心化、軽量コンパクト性、整備性なども徹底的に追求された。少しでも効率よく空気を取り入れようと、アクセサリーのリアハッチキットを利用し、ルーフ後端にインテークを設ける工夫もした。
永長氏曰く。「パワーは限界と思われるレベルまで絞
り出しました。しかし、耐久性の点はこれからという
のが本音です。クルマでいえば、まだ他のライバルに
比べて慣らし運転のレベルの距離さえ走っていないの
ですから…」
なるほど無限はスプリントレースのエンジンは数多く
手がけているが、耐久的な距離を走るエンジンのデベ
ロップは数少ない。耐久性はこれから…というのは正
直なところだろう。
―――「レースはそう甘いものではないですよ」。こ
れも永長氏の言葉だ。
童夢の手によるF1テクノロジーを盛り込んだシャシー
開発。無限の手による、これもまたF1を知り尽くした
技術者によるエンジン開発。これらを総合し、最後に
NSX GTマシンはいかなる性能をめざしたかを総括し
たい。
―――前提は、NSXのオリジナルのコンセプト尊重。
これは必然的にパワー面で不利という立場を生む。そ
こで求めたのは、鋭き運動性能である。そのために
NSXの特質に彼らは着目し、それを伸ばす方向で設計
を開始した。
その特質とは―――軽量。ミッドシップ。空力の良さ
。軽量は、剛性アップのための補強の面で有利。ミッ
ドシップは、マスの集中と低重心化に有利。空力の良
さはストレートおよびコーナリングスピードの点で有
利。そうした確固とした方針のもと、彼らは徹底的に
腕を振るった。そしてご覧のマシンがつくられたので
ある。
想定した目標は、計画スタートの時点で、富士スピー
ドウェイのラップタイムが1分30秒。最高時速は
285km/h。
しかしこの目標は、12月半ばの風洞試験で達成。さら
に約10%アップの目標が設定され、それもすでに達
成されたという。まだシーズン半ばであるが、レース
においてターボ勢にすでに肉迫している。
NSXの思想が活かされ、日本最高峰のレーシングコン
ストラクターがつくり上げたNSX GTマシンがいかな
る闘いを演じるか。ともに熱い視線を送ろうではない
か。
 
エンジンチューンのコンセプトにヒューマンフィッティングの思想があるのがうれしい。NSXが自然吸気にこだわるのはドライバーの感覚に忠実なトルクを得ることを重視しているからだ。コントローラビリティ追求のため、NSX GTマシンにもその思想が受け継がれた。


ドライサンプ化されたエンジンは、非常にコンパクトにまとまっている。3.5リットルに拡大されたこのタイプSエンジンは、およそ8,000回転まで回す。リストリクターによって空気が入ってこないため、これ以上回しても意味がないからだ。しかしサウンドは抜群。やはりホンダである。


松本恵二監督、黒澤琢弥/山本勝巳ドライバーの無限・童夢チーム。そして、高橋国光監督兼ドライバーと飯田章ドライバーを由良拓也のMOON CRAFTがサポートするチーム国光。この2台体制で新NSXはJGTCを闘う。


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NSX Press vol.20は1997年9月発行です。