何といっても童夢はF1のシャシーをつくり上げた日本唯一のレーシングコンストラクターである。だから、設計レベルそのものが最高峰なのだ。F1の味を知った童夢の設計者達は、対象がGTカーになったからといって設計技術をダウンさせてはいない。何をやってもとことん性能を突き詰める…そういう体になってしまったからだ。これは実に納得できる。モノづくりに真摯に携わる者は、仕事の規模の大小でテンションを上げ下げすることはできない。
もちろん、この程度でいいだろうというレベルはわかる。しかし、いざレーシングカーをつくるとなると、自然とCADのマウスを握る手が最高の性能を求めて走る。材質指定の欄には最良の材料の品番を打ち込んでしまう…。
たとえば―――。サスペンションの仕様を決める計算を行うとき、F1ではアームの肉厚や形状、ボルトの径に至るまで空力的に突き詰めていく。GTではそこまでしなくてもいいのだが、彼らは細部にわたる空力計算に時間をつぎ込んでしまうのだ。
こうしたF1感覚で圧巻なのは、前後に4つあるサスペンションのブラケット(サスペンションを支える構造物)だろう。通常、板材を溶接して組み上げるこの材料を、特殊な高硬度アルミインゴットを注文し、それを何と左右1セット当たり約1カ月もかけてマシニングセンタ(切削加工用の機械)で削ってつくり上げているのだ。「おかげで休みなし、徹夜の連続、コストは鰻登り…」と奥氏は言うが、それも一笑に付してしまう。
そしてスチール製のロールケージをアルミモノコックと接合させる際も、童夢ならではのアイデアが生きた。スチールモノコックを持つ他のマシンは、単純にロールケージを溶接すればいいが、NSXの場合アルミのため溶接ができない。そこで、アルミボディと円筒状のロールケージの接点をカーボンで覆い込んで固めるという世界初のハイブリッドな接合手法を開発したのだ。熱膨張率が高いアルミと、まったく膨張しないカーボンを接合する特殊な手法。剛性アップにもつながる見事なやり方でスチールのロールケージをアルミボディと一体化することができた。
こうして、NSXのシャシーはF1に匹敵するこだわりでつくり上げられていった。カーボンコンポジットはすべて童夢内製。美しいまでの仕上がりである。剛性も高い。ねじり剛性は、計測によるとF1モノコックのおよそ5倍にもなるのだ。
当然車重をはじめ、F1とは根本的に構造が違うため比較にはならないが…。NSXのホワイトボディが超軽量の170kg。それから、不要なパーツを取り除いた時点で約150kg。ロールケージを加えて約260kg。そして補強を施したボディ総重量が約310kgとなった。つまり、たった50kgの補強で驚くべき剛性を獲得したことになる。
「NSXはオールアルミという独創的なボディを持っていて、重量が元々非常に軽い。その分剛性アップのためにさまざまな補強を施すことができましたね。我々も最良の設計を施しましたから、あまりに重量が軽くなり過ぎました。それでわざわざ120kgぐらいのバラストを積んでいます。これがなければもっと速くできるんですけどね。F1感覚からすると非常に不思議な感じです」
―――ボディ剛性の点では、NSXのアルミボディのメリットが生きたが、サスペンションレイアウトでは、NSXの突き詰めた設計が裏目に出ることになった。
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コクピットに張り巡らされるロールケージ。この材質がスチールと決められているため、アルミボディと溶接できない。それで、カーボンコンポジットで包み込む世界初のハイブリット接合が考案された。


ヒューランド製の6速シーケンシャル。4月のシェイクダウンを前に到着が遅れ、やっと着いたもののシャフト径が合わず、特殊な加工ができるファクトリーを日本中探し回ることに。しかしちょうど花見日和の休日。まさにしらみつぶしに職人を探し、やっと間に合わせたという。


ブレーキローターの奥にある、ボディに溶接された台形状の構造物がサスペンションブラケット。これが、無垢の特殊アルミインゴットから削り出しでつくられたのだ。とにかく性能を突き詰めた童夢の熱きスピリットを語る逸品である。


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NSX Press vol.20は1997年9月発行です。