予選は水曜日と木曜日の2日間、午後6時から9時、10時から12時半の2セッションで行われる。ドライバーは、夜のセッションを最低3ラップ以上こなさないといけないことはご存じの通りである。各ピットに1〜2名のオフィシャルが付き、ドライバーが手首に巻いたネーム入りのタグをいちいち確認して規定通りの走行が行われたかをチェックする。 タイヤの使用本数に関する規定はない。タイムアタックのときにフレッシュタイヤを履いたり、周回数によってどれほどタイヤが摩耗するか…など、各チームがそれぞれの目的で調整を行うのだ。レースでは、タイヤ交換を2名で行わなければならず、給油中は作業ができない。そしてピットレーンの走行速度は今年から時速60キロに規制されている。タイヤ交換の回数を減らし、ロスタイムをどれだけ削れるかという点は、戦略上重要なファクターとなるのだ。

 フェラーリ333SPのピットでは、チーフが厳しい表情でストップウォッチを握り、タイヤ交換の練習が行われていた。作業の遅いメカニックに対しては、何度も繰り返し特訓を行うという厳しさである。しかし、逆の見方をすると今頃特訓するのも準備不足といえる。我がNSXをサポートする、鈴木代表率いる「シフト」の面々は実に鮮やかなピットワークを見せていた。ホイールナットは熱で膨張し外れにくくなるものだが、まったく手こずる気配を見せなかった。

 「秘訣は?」との質問に、「とくにないですよ。インパクトレンチのエア圧をちょっと高くしているからでしょうか」との返事。しかし見ていると、交換タイヤを準備するたび、ホイールのナットとの接触面に潤滑剤を丁寧に塗り込んだりしている。こうした細かな気配りが正確な作業を生んでいるのだろう。
 予選前、パドックのバックヤードに設けられたチーム国光ホンダのモーターホームは、和やかな雰囲気に包まれていた。大盛りのカレーを2皿も平らげ、食後のコーヒーを飲みくつろいでいたメカニックに、「ゆっくり昼食が楽しめるということは、マシンは順調なんですね」と聞く。すると「腹が減っては戦はできない…ですから、食っているだけですよ」とあっさりした返事。この雰囲気がチーム国光である。彼らはもちろん勝利をめざしている。しかし、スポーツカーを持ち込みレースを闘うクルマ好き人間として、心からルマンを楽しんでもいる。
 「楽しそうだからといっていい加減なわけじゃない。目を三角にしてやっても、楽しくやっても一生懸命にやれば結果は同じなんです。だったら楽しくやろうというのがチーム国光の考え方」と土屋圭市は語った。そして、「国さんといると俺は補佐役でいいと思えるのが不思議。もちろん、心の奥では僕もアキラもナンバーワンだと思っている。国さんは、そう、みんなナンバーワンだよって認めてくれる人なんです。そんなことは絶対にないんですよこの世界。だから素直に3人で勝とうという気持ちになれるんだと思いますよ。国さんの器の大きさですね」と続けた。
 「ちょうどいい感じに歳が離れているんじゃないでしょうか。僕なんか子供ぐらいの年齢でしょ。自然に、気持ちも仕事もいい感じに役割分担されると思います。みんないい人だから、すごく楽しめるんですよ。このスポーツカーのお祭りを」と飯田章。
 「いやあ、圭ちゃんがうれしいこといってくれましてね。去年の12月ぐらいにまたやろうと思いはじめて準備を進めてきたんですが、彼が国さんが乗らないならやらないよ、なんていうんですよ。じゃあ僕も乗るから、アキラとまた3人でやろうと今回のチャレンジがはじまったんです」と高橋国光。
 このチームにはミーティングというものがないという。すべて国さんが決めるらしい。「みんなそれに何もいわないし、わだかまりも残らない。そういう雰囲気のチーム」なのだ。
 ただ、昨年一度だけ土屋選手と飯田選手は国さんに反逆した。そう、2人だけでラストランを国さんにすることを内密に決めていたのだ。そして、優勝。3人は号泣することになる。泣けるのもこのチームらしさである。


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