車検初日は月曜日の午後3時から6時まで。2日目は、火曜日の朝9時から午後4時半までの予定。我がNSXは人出の多かった初日の午後5時スタート。目の醒めるようなレイブリックブルーに塗られたNSXを、ひときわ多い群衆がとり巻いた。やはり、昨年クラス優勝したマシンを覚えていて、間近でひと目見ようとしているのだ。
 車検のゲートをくぐるまではマシンに触ることさえ可能。グッと近づくことができる。かなり年齢の高い、しかし元気いっぱいのご婦人や紳士、自慢のカメラを下げた少年などが群がった。抱いている赤ん坊の頭を、コクピットに突っ込むお父さんもいる。込み合う人を押しのけ、記念写真を撮る人も多い。彼らはおそらく地元フランスの人々だろう。何やら、NSXを前にしてフランス語でまくしたてている。“ホンダ”、“NSX”という言葉が混じっていることでNSXがルマンでかなりの“人気車”であることがわかる。

 そして車検。まずはライト類の点灯確認、最低地上高、フェンダーとタイヤの張り出し具合をチェックすると同時に、仕様書と照らし合わせながらエンジンルームやコクピットをのぞき込み各部を念入りに確認する。ステンレス製と思われる、大きな三角定規のようなものやマッチ箱のような専用ゲージが用意されていて、測定はテキパキと行われる。測るたびに声を張り上げて数字を伝え、ラップトップコンピュータを前にしたオフィシャルが打ち込む。それが済むと次はリフトでジャッキアップされ、アンダーボディのフラットスペースやボディ下面とホイールリムの位置関係などがチェックされる。ボディがリムより下だと、タイヤがバーストしたときにボディを擦るからだ。このチェックは、タイヤバーストが頻発した今年のルマンにとって非常に有効だったといえる。
 日本からクルマを持ち込んだチームの多くはこういった点を細かく調べられたが、欧州の常連チームに対するチェックは非常に甘いものだった。オフィシャルはすべてボランティアだそうだが、ハイネケンの空き瓶を傍らに転がし、陽気に鼻歌まじりの人もいる。毎年同じ人が同じ場所を担当しているらしく、毎度お馴染みの顔。不公平ではあるが、関係者は“これもルマン”と潔くあきらめの表情だった。サッカーでいえばホーム&アウェイの違いといったところか。最後は重量測定。NSXも厳しいチェックを受け、無事に車検を終了した。そのあと、恒例の記念撮影を多くのファンに見守られながら済ませ、サルトサーキットのパドックへと引き上げていった。

 車検はまた、ファンにとってドライバーを間近に見る絶好のチャンスでもある。往年のF-1ドライバーも多い。ファンはかなり興奮している。サインをもらうためにサッと出したパンフレットの写真がそのドライバーの乗るクルマでなく、あわててページを探す光景があちこちで見られた。言葉が通じないため、目線と身振りだけで「これはあなたのクルマか?」と確認をとりつつサインを求める人もいた。おそらく、あまり詳しくないが記念にサインを求める人なのだろう。また、どこで買ってきたのか立派な年鑑本を両手で重そうに抱え、汗だくになりながら必死にドライバーとコンタクトを求める人もいた。いずれもサインを求めるのは若者より年輩のファンが多い。このあたりに自動車文化の違い、ルマンの歴史の深さを感じる。車検の賑わいは最後のクルマの記念撮影まで続き、余韻を残しながら、頑として陽の沈まないルマンの街へとそぞろに拡散していった。

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