今年もルマン24時間レースは多くの観衆を集めた。64回目。1923年の第1回大会から数えて73年。ルマン24時間レースが世界的な注目を集めるのは、この長い歴史、由緒ある24時間レースであるからにほかならない。
 かの名ドライバー、マリオ・アンドレッティも「フォーミュラ1とインディのタイトルに加え、ルマンで優勝して世界のモータースポーツの3大タイトルをものにする」べく、このレースと格闘している。しかし、彼はいまだにその夢を果たせていない。その夢を果たしたのは、唯一、グレアム・ヒルのみである。
 偉大なドライバーが意を決して参戦しても、おいそれと制すことができない。ルマン24時間は、歴史あるレースであるとともに、最も困難なレースの一つにも数えられるのである。

 その過酷なレースは、今年もジャコバン広場に隣接する“ジャコバン・プロムナード”で開かれるお祭りのような車検で幕を開けた。このジャコバン・プロムナードは、24時間レース名物のユノディエールのストレートとなる国道138号線を、レースの進行方向とは逆の方向に進んだところにある。テルトル・ルージュをまっすぐ通過し、ルマン市の旧市街へ向けて10分ほどクルマを走らせた右手(途中にあるY字路は右)。正面に荘厳な聖ジュリアン大聖堂が見えるからとてもわかりやすい。プロムナードの入り口に面したサッカーグラウンドよりやや小さめのフラットなスペースにアスファルトが敷かれてある。そこの半分を柵で仕切り、車検ラインが設けられるのだ。周囲は樹齢百年に達するような大木を擁す緑地で、未舗装の小道、小川、広い芝のスペースがあり、休みながら車検を見物するにはもってこいの場所である。今年のルマンは暑かった。しかし、木陰にはいるとスッと涼しくなる。湿度が少ないせいだが、これが実に心地よいのだ。地元に住む人はエアコンがいらないというが、まったくその通り。6月のフランスはいい。冷たい飲み物を片手に心地よさに浸っていると、野太い排気音を響かせて巨大なトランスポーターがやってきた。いよいよ車検のはじまりである。
 トランスポーターが入ってくると、乱れに乱れていた群衆がゆっくりと割れ、通り道ができる。そこを歩くような速度でトランスポーターが進む。群衆は、後ろについて早足でそれを追いかける。一度切り返し、トランスポーターがバックすると群衆も合わせて下がる。きちんと止まるまで何度かそれを繰り返す。外で見ていると滑稽だが、群衆は後部扉が開けられて出てくるクルマを特等席で見ようと必死なのである。マクラーレンBMWを運んできた運転手が「さあ、これからお目にかけます。でも、見たい人は50フラン出してください!」と手を出した。群衆はドッと笑う。こんな陽気な雰囲気で車検は進むのだ。

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