ラダーフレームを持つソリッドなボディ剛性、ロック・トゥ・ロック2.5回転のきわめてクイックなステアリングフィール、そして件のエンジン。独自のチェーンドライブ、完全4輪独立懸架のサスペンション…。まさに30年にわたり独走し、価値を放ち続けるプロフィールである。
彼は「登場したときの“エス”は、未来からきたクルマに思えた」と、ある書に記しているが、それは決してオーバーな表現ではない。それを示す、一つのユニークなエピソードを話してくれた。つい数年前、ジムカーナの無差別級で日本一を争ったのが、それほど派手なチューニングをしていないS800と、バリバリのMR2だったという。
ヒート1はS800の勝利。
しかしヒート2は辛くもMR2が逃げきった。「よっぽど悔しかったでしょうね。何しろ30年前のクルマに危うく負けるところだったんですから」
翌年から、直線の多いコースレイアウトとなり“エス”が活躍できる可能性はなくなったらしいが、ステアリングの切れのよさ、コントローラブルなシャシー性能、ツキのいいエンジン性能で、今でも堂々と覇を競える“エス”の基本性能の先進性を物語るエピソードだ。
“エス”に関する話のなかで、やはり「古いからではない、性能で乗っている、クルマとして乗っている」という、谷村氏の強い言葉が印象に残った。乗ること、乗られることがクルマと人間の一番いい関係であると改めて感じ入ったのだ。クルマと人間の関係は、本来それ以上でもなく、それ以下でもないのだろう。
さすがに谷村氏も、10年を越えた頃から青空駐車場ではなく、S600をガレージに納めている。主宰するクラブを通じて、オーナー全員が少しでも部品を確保しやすいよう尽力もされている。やはり、長く乗り続けるには、強い愛着に裏づけられた適切なメンテナンスや様々な努力が必要なのだ。
「30年たって、いまだに部品が手に入るのもホンダならではでしょう。あとNSXのように、製造しながらリフレッシュする環境を用意しているのもホンダぐらい。そういう意味でも、私にとっては選ぶべきメーカーなんです」と語っていた。
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