THE NEW LOWPROFILE SPECIAL もうひとつのエンジン
真の高性能は、「専用」のスペックから生まれる。


しかし僕は、NSXオーナーには、さらなる深い認識を求めたい。
それは、タイヤの真の高性能とは、クルマの特性と一体となって求め得るという事実である。
タイヤは、クルマと路面からの力を受けてはじめて仕事をする。厳密に考えれば、クルマごとに特定の性能が生まれることは当然のことなのだ。さらに究極を求めるなら、路面によっても違う性能が欲しい。レースでは、サーキットに応じて、気温や天候に応じてタイヤを選択することができるが、ロードゴーイングカーにおいては、それは非現実的な考え方。したがって、クルマとミックスした高性能が求められれば、それが現実での究極なのだ。

では、専用であるか否かの違いはどこに現れるか…。通常の市街地走行や高速道路のクルージングにおいては、それほど差は現われないかもしれない。よほどの違いがあるればわかるだろうが、タイヤの技術が高度化している現在ではそんなことはあり得ない(こうした日常での認識しにくさが、専用の重要さを訴えにくい点でもあるが…)。
最も違いがわかるのは、極限状態である。極限状態とは、パニックブレーキを踏んだときや、アクアプレーンに乗ったとき、意図せずにオーバースピードでコーナーに入ったときなど一般に危険な状態に陥りやすい。つまりグリップの限界を超えるコーナリングフォースや制動力をタイヤが受けている状態だ。

たとえば、バランスを煮詰めた専用タイヤを装着していたためにガードレールの手前1cmのところで止まれたところを、異なるタイヤをつけていたためにグリップバランスが乱れ、姿勢を崩して事故を起こす例はいくらでもある。単純な直線での急ブレーキも、最高性能を発揮する専用タイヤであれば、わずかのところで玉突きを防げるかもしれない。アクアプレーンも然り。コンマ数秒の争いは、サーキットでなくても、われわれが通常走る道路で安全のために重要となる。

何も驚かそうとして言っているのではない。僕はタイヤの開発時に様々な性能の試作タイヤを履き、命を懸けてテストドライビングをしているから、“ほんのわずかな差でコースアウトするかどうか”ということの重大さがわかるのだ。
こうした危険な極限状態と同様に、スポーツドライビングによって起こる極限状態でもタイヤの重要性を知ることはできる。



僕もインストラクターの一人として参加している「NSX・オーナーズ・ミーティング・スペシャル」のなかに、鈴鹿南コースでタイムトライアルを行なうメニューがある。
NSXならローとセカンドしか使わないテクニカルなショートコースであるが、低い速度で限界ハンドリングを楽しめるメニューとして人気が高い。
このミーティングでは無改造車であることが参加条件になっているので、皆さんオリジナルタイヤを装着している。だから、パワースライドといった無意味なことをしない限り、速く走ろうとしているオーナーのNSXは、実によくバランスしながら走っている。
たとえコースが小さくても、限界付近でクルマを走らせれば、微妙なバランスが問題になってくる。特にNSXのような“切れるナイフ”であるスポーツカーでは、それが如実に現れる。皆さんのコーナリングスタビリティが安定しているのを見ると、現在の専用タイヤが非常に優れていることに改めて気付かされるのだ。テクニックは別として…。

「そんなことはない!バランスが崩れている」とお思いのオーナーは、ステアリングを切るタイミングとライン取りが適切ではないので、姿勢が乱れているだけである。コーナリングを重ねるほどその乱れは大きくなり収拾がつかなくなる。
これがバランスの悪いタイヤを履いた場合なら、適正なラインを取ってもアンダーが出たり、予想外の乱れが生じてくる。まあ、南コースでそこまで感知できれば腕前も相当なものだが…。

NSXは、研ぎ澄まされた運動性能をイージードライブで実現させるという、かつてないスポーツカーの夢を求めるべく、センシティブな設計を施したクルマである。繊細なNSXにおいて、専用タイヤを他のタイヤにリプレイスすることは、エンジンを載せ変えるに近い仕様変更となることを覚えておいていただきたい。これは、僕がさんざんニュルで走った経験から言えることだから間違いない。他のタイヤをつけた場合、激しいコーナリングをしたときの挙動、高速走行でのスタビリティがかなり違ったものとなってしまう。
ポルシェやフェラーリなどのスポーツカーも装着できるタイヤを限定しているが、NSXはあくまでも「専用」にこだわっている。それは、NSXというピュアスポーツカーのスピリットを100%発揮できるのは、「専用」のスペック以外にないからだ。

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NSX Press vol.13 1994年3月発行