“フラッグ・トゥ・フラッグ”ルール運用の歴史
2005年シーズンからこのルールが採用されるに至った経緯はすでに説明した通りだが、実際に初適用となったレースは、ドライからウエットへコンディションが変化した05年の第2戦ポルトガルGPだった。
ルール運用開始直後の適用で、レース開始後9周目にマシン交換を許可する白旗が示されたときには皆が固唾を呑んで成りゆきを見守った。だが、結局は全選手が最後までスリックタイヤで走行を続け、マシンを交換する選手は1人もいなかった。
初めてマシン交換が行われたのは、06年第14戦のオーストラリアGP。決勝レースのウオームアップラップ中に雨が降り始めて、赤旗中断。改めてウエット宣言が出されてレースが始まった。スターティンググリッドについたマシンは全車にスリックタイヤが装着されていたが、途中から雨が本格的になるにつれ、選手たちは続々とピットインしてウエットタイヤを装着したマシンへ乗り換えた。1時間に満たないスプリントレースでマシン交換を行うピット前作業は、選手はもちろんチームスタッフにとっても初体験だったため、ピットレーンの出入りやマシン交換作業が慌ただしく錯綜し、ピットボックス前では若干の混乱も生じた。
2回目の実施は、07年第5戦フランスGP。このときもスリックタイヤからウエットタイヤへの交換だったが、各チームのピットイン/アウトやマシンの乗り換えは前回の適用時に比べ、はるかにスムーズに処理された。
3回目は同じく07年の第15戦日本GP。このときはレース開始前から雨が降っていたためにウエット宣言が出され、同じ“フラッグ・トゥ・フラッグ”ルールではあっても、ウエットタイヤを装着したマシンからの乗り換えという意味では初めての事例になった。
4回目は09年第4戦フランスGP、5回目が09年第5戦イタリアGP。ともにウエット宣言が出された中でのマシン交換で、徐々に乾いていく路面状況をにらみながらピットインの時期を見極めるタイミングと戦略が明暗を分けるレースとなった。
他クラス・カテゴリーでの採用と、ルールの将来
MotoGPではこのルール採用からすでに5シーズン目を迎えたが、中断のない円滑なスケジュール進行や、めまぐるしく順位が変化するスリリングなレース展開など、“フラッグ・トゥ・フラッグ”の導入による確実なプラス効果を評価する声は多い。その一方で、レース中の駆け引きでは、刻々と変化する路面状態に適合しないタイヤで周回を重ねる戦略が発生することも珍しくなく、安全性という側面からこのルールのありかたを疑問視する声があるのも事実だ。
だが、イベント面で高い効果があることは確実で、スーパーバイク世界選手権(SBK)※1でも今シーズンからこのルールが採用されている。ウエットで始まった第8戦のサンマリノ大会第1レースでは、初めてマシン交換が実施され、SBK初の“フラッグ・トゥ・フラッグ”レースとなった。ドライコンディションで始まった第2レースも、序盤の雨滴により白旗が掲示されてウエットタイヤ装着マシンへの交換が許可されたものの、このレースでは実際にマシン交換をするまでに至らなかった。
125ccクラスや250ccクラスなどでは、ドライからウエットへと路面状態が変化した場合には赤旗の掲示でレースが中断され、あらためてウエットレースとして再開される。125ccクラスのマシンは一選手につき1台と決められており、250ccクラスではそのような制約こそないものの、1人1台というチームは複数存在する。また、250ccクラスに代って始まるMoto2※2クラスでは、マシンは選手1人につき1台と定められている。このMoto2のレギュレーションについては、今後正式に発表される。
MotoGPクラスでは、世界不況への対応策として来シーズンからの1選手1台案が検討されたことにともない、ルール変更が一部で話題にのぼったこともあったが、2009年6月26日付けのFIMによる発表では、1選手最大2台まで許可する旨の内容が告知されていることから、来シーズンもこのルールは継続して運用される可能性がある。
用語解説
※1スーパーバイク世界選手権(SBK、またはWSB)市販車の改造車で競われるロードレースの、世界最高峰レース。Honda車では、CBR1000RRを駆るプライベートチームが多数参戦している。
※2Moto2クラス現行の250ccクラスに代わって、4ストローク600ccエンジンを搭載したマシンで競われる新クラス。エンジンはHondaが供給し、タイヤはダンロップのワンメイクでスタートする。2010年はMoto2と250ccの混走で開催され、11年にはMoto2への完全移行が予定されている。