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Hondaはすべてのグランプリ勝者に敬意を表す。ここに記す6人のライダーは、数々のきわめて重要なレースにおいて、Hondaに勝利をもたらしてくれたのである。
 
  トム・フィリス
1961年125ccクラスチャンピオン
GP通算6勝


 オーストラリア人であるトム・フィリスは、1959年にHondaがマン島TTレースに初参戦した際、Hondaの実力をいち早く見抜いたライダーのひとりである。フィリスは本田宗一郎宛てに一個人として手紙を出し、Honda初の世界チャンピオンライダーとなるとともに、Hondaにグランプリ初優勝をもたらしたのである。61年に125ccのタイトルを制したものの、1962年のTTで命を落としてしまった。


 
 
  ジム・レッドマン
1962/1963年250ccクラスチャンピオン、1962/1963/1964/1965年350ccクラスチャンピオン
GP通算45勝


 ジム“アイアンマン”レッドマンは、Hondaのグランプリ史上もっとも好成績を収めたライダーであり、世界タイトルを6度制覇した。イギリス出身ながら国籍はローデシアであったレッドマンは、61年にHondaに加入し、翌62年には自身初の250ccと350ccのダブルタイトルを手にした。63年にはライダー兼監督となり、再びダブルタイトルを獲得する。66年には腕の負傷で、Honda初の500ccクラスチャンピオンは果たせなかった。


 
 
  マイク・ヘイルウッド
1961/1966/1967年250ccクラスチャンピオン、1966/1967年350ccクラスチャンピオン
HondaでGP41勝


 驚くべきテクニックの持ち主であるイギリス人ライダー、マイク・ヘイルウッドは、Honda初の世界チャンピオンである。1961年にイギリスのあるHonda車輸入代理店から4気筒のRC162をレンタルし、プライベーターとして250ccクラスのタイトルを手中に収めた。だが彼が本当の意味でHondaを駆ったのは1966年と67年であり、250ccと350ccを席巻、67年にはHonda初の500ccタイトル獲得まであと一歩のところに迫ったのであった。


 
 
  フレディ・スペンサー
1983/1985年500ccクラスチャンピオン、1985年250ccクラスチャンピオン
GP通算27勝


 驚くべき天賦の才能を持ったライダー、フレディ・スペンサーのグランプリキャリアは、アップダウンがあり、怪我と不運に悩まされた。ベストの状態での彼はまさに天才で、250ccと500ccの世界タイトルを同時に手にするという偉業を達成している。NR500を駆りHondaからグランプリデビューを飾った彼は、その後3気筒のNS500や、NSR250、NSR500の開発に携わった。


 
 
  ミック・ドゥーハン
1994/1995/1996/1997/1998年500ccクラスチャンピオン
GP通算54勝


 ミック・ドゥーハンは、1994年から1998年まで世界最高峰のグランプリレースを圧倒的な強さで支配し、あわや右脚の自由を失うところだったアクシデントから復活すると、5年連続で500ccのタイトルを獲得した。この驚くほど強い意志を持つオーストラリア出身のドゥーハンは、10年間のキャリアすべてをHondaのNSR500で戦った。500ccクラスで54勝と、彼はHondaの600勝のうちおよそ10分の1の勝ち星を挙げた。


 
 
  バレンティーノ・ロッシ
2001年500ccクラスチャンピオン、2002/2003年MotoGPクラスチャンピオン
HondaでGP33勝


 ロッシは、Hondaで4シーズン(500ccクラス最後の2年間と、MotoGP最初の2年間)を戦い、NSR500とRC211Vを駆り世界最高峰のクラスで33勝を挙げた。サーキットでの圧倒的な強さに対して畏敬の念を抱かれ、そしてファンに愛されるロッシは、125ccと250ccのタイトルを手にすると2000年にHondaへと移籍し、500ccへとステップアップした。