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グランプリの勝利ひとつひとつがHondaにとって大きな喜びとなるが、中でもひときわ特別な勝利が存在する。ここに挙げる6つの勝利は、あらゆる理由で特別な意味を持つ。
 
  1961年4月23日、スペインGP(モンジュイック)125ccクラス

 偉大な歴史はここから始まった。バルセロナの青空の下、トム・フィリスはモンジュイック・パークの公道を利用した難コースを攻め、Hondaにグランプリ初優勝をもたらした。1961年仕様のRC143ツインを駆り、フィリスはマイク・ヘイルウッドのEMC 2ストロークをかわして優勝したのだ。2位となったエルンスト・デグナー(MZ)には、20秒以上の差をつけていた。


 
 
  1966年9月2日、マン島シニアTT

 当時世界でもっとも重要なバイクレースである、かのマン島TTでHondaが初の大排気量マシンでの勝利を収めたレースである。250/350/500のトリプルタイトル目指して全開で突き進んでいた“マイク・ザ・バイク”は、ジャコモ・アゴスティーニのMVを2分以上引き離して勝利したのであった。500フォアは乗りこなすのが難しいじゃじゃ馬であり、ヘイルウッドはレース中“スリリングなスライド”に何度も耐えていた。


 
 
  1983年8月6日、スウェーデンGP(アンダーストープ)500ccクラス

 フレディ・スペンサーは雄弁な人物であり雄弁な二輪レーサーだったが、王者ケニー・ロバーツを下して得たこの優勝は、彼が闘志むき出しのファイトも演じることができるという証明となった。二人は終始サイドバイサイドを演じ、最終ラップでスペンサーがブレーキングで飛び込むと、ロバーツはコースを飛び出した。この優勝により、Hondaは初の500ccタイトルに王手をかけたのだった。


 
 
  1989年7月16日フランスGP(ル・マン)500ccクラス

 カリフォルニア出身のエディ・ローソンは、暑い夏のフランスで宿敵ケビン・シュワンツとウェイン・レイニーを下した後に、1989年の500ccタイトルを手中にできると考え始めた。バックマーカーをかき分けつつ、3人のアメリカ人ライダーは後続を引き離してレースを戦い、ローソンは最終コーナーでのシュワンツの渾身のアタックを退けたのであった。


 
 
  1993年7月18日サンマリノGP(ムジェロ)500ccクラス

 ミック・ドゥーハンのグランプリキャリアは、92年アッセンでの大怪我により終わりを告げられるかに思われた。その1年後、まだかなり足を引きずりつつも、ドゥーハンはこのムジェロのレースで復帰し、優勝に向けひた走った。しかしレース中盤、ドゥーハンは190km/hで走るNSRからはじき飛ばされそうになる。なんとかコントロールを取り戻し、ドゥーハンはケビン・シュワンツを下し優勝した。


 
 
  2003年10月19日オーストラリアMotoGP、フィリップアイランド

  このレースは、RC211Vを駆ったバレンティーノ・ロッシの最も印象的な優勝レースといっても過言ではないだろう。ロッシはイエローフラッグ中の追い越しによって10秒のペナルティを与えられたにもかかわらず、ロリス・カピロッシのドゥカティを5秒引き離して優勝を飾った。レース後、ロッシはこうコメントした。「僕が最初から最後まで100%で走ったレースは、これが初めてかもしれない」