中でも'59年にGPデビューを果たしたイギリスのEMC(Ehrlich Motorcycle)は、現在では当たり前の水冷エンジンやポート・デバイスなどの新機軸を盛り込んだ画期的なマシンとして注目を集める存在だった。マシンの設計者は、イギリスの名門航空機企業デ・ハビランド社の技術者であるジョセフ・エーリッヒ博士。一時はMZの開発にも携わったエーリッヒ博士は、気鋭の2スト・レーシングマシンをもって世界GPに挑んだ天才技術者だった。
1961年シーズン緒戦、スペインGP125ccクラス。一斉にスタートした14台のマシンをリードしてレースの主導権を握ったのは、このEMCを駆るマイク・ヘイルウッドだった。追走するトム・フィリス(Honda RC143)に大差をつけ、コースレコードを更新しながら15周目には38秒というアドバンテージを築いていた。誰もがEMCとマイク・ヘイルウッドの、新時代の到来を感じていた。
しかし18周目。EMCの排気音が、変わった。
2位デグナーに20秒以上の差をつけたといっても、フィリスの勝利は完全に棚ぼた式に転がり込んだものだった。確実に表彰台が狙える実力を発揮したとは言うものの、125ccクラスにおける2スト勢との厳しい戦いが、この後もHondaを待ち受けていることは確かだった。