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1950年代のGPでは、前輪までもすっぽり覆うダストビンカウルが流行したこともあったが、横風の影響で転倒する場合もあったという。21世紀は、カウルの小型化がトレンドとなるか

 「現状、すべてが良い方向に転がっている。そして、その成功の起点となっているのは、やはり''V型5気筒''という、RC211Vのエンジンです」

 例えばRC211Vに採用された、前例のないほどコンパクトなカウルも、その一例と言えるだろう。あのカウルは、確かに最高速付近では従来の形態…例えばNSR500よりもライダーに空力的負担を与える。単に最高速を発揮するような区間での空力特性だけをとってみれば、NSR500のカウルの方が優れている…という言い方も出来るだろう。

 しかし、横風の影響を受けやすくなることやコントロール性が犠牲になるなど、大型のカウルにありがちなネガティブな部分を取り去ったRC211Vのカウルは、レースをトータルで見た場合、大きな効力を発揮することになる。これがもし、最高速付近でエンジンパワーが足りなければ、どうしても空力特性に優れた大型のカウルに戻すことを検討しなければならなかったに違いない。

 小型のカウルを装着しながら、その空力特性をカバーするだけのパワーを発揮するエンジンの存在…「成功の起点」が、そこにあるひとつの理由と言えるだろう。

 また、RC211Vに採用されたユニットプロリンクサスペンションも、エンジンとの相乗効果でその性能を成就させた存在だ。新しいサスペンションは、少なからずライダーに違和感を抱かせることになる。もしこれに、扱いにくい特性のエンジンが組合わされたなら、ライダーはその新しいサスペンションシステムの採用を強く拒むことだろう。

 しかし「コースの各所でライダーがシビアに要求するパワーを過不足無く発揮出来る能力を備えたエンジン」なら、そのわずかな違和感以上にユニットプロリンクサスの優れた部分を引き出すことが可能になる。もちろん、机上で充分に吟味されたユニットプロリンクサスには、それまでのリアサスにない充分なアドバンテージが見込まれていたのは言うまでもない。

 外乱をフレームに伝えないサスペンション特性の実現。またフレームの中心部でサスからの荷重を受けないことによって、フレーム剛性の設定に自由度がもたらされるという点で、ユニットプロリンクサスは大きなアドバンテージを秘めていることは確実だった。

 エンジン、サス、フレームがお互いの仕事を助け、お互いの良い部分をさらに引き出す方向に機能する…これに関しても「成功の起点」はやはりRC211Vのエンジンに帰結することになる。

79年のワークスモトクロッサーに採用された初代プロリンクのデビューから23年。そのネーミングこそ継承されているが、形態や目的は大きく変化している
84年のデビュー以来、GPにおける優勝数131(NS500は15勝)は、Hondaワークスマシンの中でも群を抜く存在。まさにグランプリの500ccクラスを牽引する存在だった

 「あらゆる部分でNSR500を否定すること…それがRC211Vだったのです」

 否定する…という言葉が誤解を招く恐れがあるとするならば、あらゆる部分でNSR500を超越する概念を打ち立てること…それこそが、RC211Vの存在意義でもあった。

 2ストロークならではの鋭角的にピーキーなエンジン特性に対抗する、コースの各所でライダーがシビアに要求するパワーを過不足無く発揮出来る能力を備えたエンジン。

 コース1周の間にわずかな区間しか存在しない最高速付近より、コースの大半でライダーに自由度を与えコントローラブルなライディングを可能にするカウル形状。

 サスペンションとしての基本性能はもちろん、理想的なフレーム剛性の設定に大きく影響するリアサスからの荷重分布を有利にするユニットプロリンクサス。

 V型5気筒エンジンを「成功の起点」とする、これらのコンポーネントの組み合わせが、RC211V総体としての性能あるいは戦闘力を導き出す大きな要因となっていることは確実だ。

 「自分たちが長年かかって完成させたNSR500という到達点をもやっつけようとするのですから、我々Hondaはなんて負けず嫌いなんだろうと思います。ライバルに負けたくない以前に、NSRに負けたくない。既存のモノに負けたくない。昨日の自分に負けたくない。手に負えない程の負けず嫌いです」

 負けず嫌いは大抵の場合、相当な意地っ張りでもある。ただこれは、旧態に執着する頑固とは、かなり意味が違う。まず、過去を否定してみる。既存の概念に立ち向かってみる。そこにはかならず新しいアイディアや解決方法が生み出される。そしてその可能性に向かってがむしゃらに突き進む。

 その負けず嫌いが最も顕著に発揮される最高峰クラスのレーシングマシンにおいて、Hondaは常に既存のマシンを否定するかたちで、自らのニューマシンを投入してきた。RC181、NR500、NS500、NSR500、そしてRC211V。そのどれもが、それまで存在しなかったメカニズムを備え、既存の概念を打ち破るものだった。

 それらの中にあっても、V型5気筒エンジンを「成功の起点」とするRC211Vは、充分にユニークであり、また負けず嫌いの真骨頂を具現化したマシンと言うことが出来るだろう。

500ccクラスのワークスマシンにあって、最もユニークであり、また最も大きな話題と期待を担ったNR500。残念ながらGPでの入賞ポイントは獲得出来なかった

 Hondaは開幕からダッチTTまでの7勝で、500cc/MotoGPクラスにおけるワークスマシンのデビューシーズンでの優勝回数をさらに更新した。そして、このシーズン序盤を終了したダッチTTの時点で、すでにエンジンの耐用距離や燃費に関する不安も解消されるに至っている。開幕戦鈴鹿の時点では「アッセンは燃費的に厳しい。レース距離を走りきれる確証がない」と語られていたRC211Vは、無事に、そして見事な7連勝を達成している。

 これは来年度以降の、サテライトチームへのマシン供給の面でも明るい予想材料となる。もともと、NSR500より高性能でありながら低コストでのレース参加が可能であることを目標としたRC211Vが、当初の目標をクリアしたことは、サテライトチームにとって来年度以降の現実的な計画の策定にとって大きな意味を持つ。

 もちろんRC211V導入初期は、ある程度の慣れを必要とするとともに、それまでNSR500で継続的に使用できたパーツなども一新せざるを得ない部分も出てくるだろう。しかし、まったくのニューマシンに見えながら、RC211VとNSR500ではある程度のパーツの互換性を持たせている部分もある。ライダーへの優しさ同様、チームへの負担軽減を実現する部分でも、RC211Vの優しさが発揮されることは確実だ。

 ダッチTTでめざましい活躍を見せたバロス。さらにカピロッシ、加藤…。今シーズンのMotoGPクラスでセカンドグループを形成する彼らにとって、最大の関心事はRC211Vに他ならないだろう。来シーズン、彼らがRC211Vを得たとすれば、そのレース展開がさらにエキサイティングなモノになることは確実だ。

 シーズン中盤戦に向かって、RC211Vはさらなる飛躍の時期を迎えようとしている。それは、攻撃的な性能はもちろんのこと、耐久性の向上や運用におけるコスト低減への可能性など、広範な分野にわたってのさらなる進化を指すものとなる。

 自らを鍛え、そしてグランプリの未来を切り開くため、誰よりも果敢にMotoGPに挑むことを誓ったHondaは、RC211Vの快走によってその理念を確実に実現させようとしている。

RC211Vにとって唯一の不安材料だった耐用距離の問題も無事に改善され、当初の予定通りのエンジン・ローテーションが可能になった。これによって、さらなる性能向上への可能性が拡がったことになる
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